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	<title>映画館主義人 | 映画館主義 &#187;</title>
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	<description>全国の映画館主”シネマのソムリエ”と作るウェブマガジン</description>
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		<title>甲斐田祐輔監督「ロト」/「MUGEN」公開直前インタビュー</title>
		<link>http://www.eigakanshugi.com/2604</link>
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		<pubDate>Thu, 12 Nov 2009 05:56:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>editer</dc:creator>
				<category><![CDATA[人]]></category>

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		<description><![CDATA[甲斐田祐輔監督が『砂の影』以前に撮っていた中編２本が劇場公開される。制作スタイルを模索し続けていたという『すべては夜から生まれる』から『砂の影』までの軌跡を、劇場で確かめてほしい。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/11/mugen11.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-2619" title="mugen1*" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/11/mugen11.jpg" alt="mugen1*" width="560" height="390" /></a><br />
　長編劇場デビュー作『すべては夜から生まれる』（2002年）から6年、甲斐田祐輔監督の待望の新作『砂の影』が昨年2月に公開された。撮影のたむらまさきを始めとしたベテランのスタッフに支えられ、全編が8ミリで撮影されたこの作品は、画面の質感から物語の構成まで、前作とはまったく違う印象を与える。しかし、核となるその世界観は変わっていない。</p>
<p>　二組の男女の心の揺れをすくい取った『すべては夜から生まれる』では、選び抜かれた言葉と音、卓越した光と闇の演出、完璧なまでのフレーミングと編集による美しい映像が高く評価された。その作風から、しばしば“ストイック”と評される甲斐田作品の映像世界は、確かにあらゆる要素を極限まで削ぎ落とした緊張感のあるものになっている。しかし私にとっての甲斐田作品の面白さはそこではない。</p>
<p>　映像に対する明確なビジョンを持ちつつ、それを従来の映画理論によって成立させようとしない柔軟さが新鮮で面白い。必要最低限の言葉と音によって語られるのは、主人公たちの抗いがたい衝動だ。物静かな映像のなかで、彼らの心の動きが紛れもなく説得力を持って観客に伝わってくるのは、人間の感情の動きに対する監督自身の感受性であり、自身の感受性に対する、作家としての忠実さによるものだろう。</p>
<p>　この世界観は『砂の影』にも共通している。平凡な一人の女性が愛のために少しずつ壊れていく様を、きめ細やかに、どこかエロティックに描写したこの作品。愛に満ちた至福の時間と感情のない時間の対比。言葉に侵されることのない静かな二つの時間のなかで、主人公の愛に対する必死さが時間をかけて伝わってくる。前作と違うのは、何だかわからないが何かが確実に起こっていることを思わせるサスペンスの要素が、今までにないダイナミズムを作品世界に与えていることだろう。</p>
<p>　その甲斐田監督が『すべては夜から生まれる』と『砂の影』の間に撮った『ロト』（2004年）と『MUGEN』（2008年）の短編二作品が同時上映という形で公開される。「こういった形での公開は考えていなかった」というこの二作品は、どういう経緯で生まれ、監督にとってどのような意味を持つのだろうか。</p>
<p>「『ロト』に関しては“習作”という言い方をしていいと思います。『すべては夜から生まれる』を撮った後に、いろいろあって、やっぱり何かを変えたいと思った。あの作品は、あの時点で自分がやりたい事を全部やった作品でした。でも、それからすぐに次の作品を撮るような状況にもならなかったし、いろいろなことが遅々として進まない状況が続いていました。だからとにかく撮りたかった。ここで撮らないと、その先も撮れなくなるんじゃないかという気がしたんです。それで一度やり方を変えてやってみようと思って、脚本も初めて自分で書きました」</p>
<p>　<a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/11/lot1.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-2616" title="lot1*" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/11/lot1.jpg" alt="lot1*" width="350" height="246" /></a>警備員のアルバイトをしている山形が、寡黙で無表情な新入りの北島と生活するようになるところからこの物語は始まる。毛布一枚で隔てた部屋を共有しながら二人の関係が少しずつ変化していくなか、山形は北島の行動の異変に気づく。</p>
<p>「スタッフとキャストを集めるところから始まって、撮影場所を探すのから、本当に自主作品の制作スタイルですよね。正直、それまではどこかでそういう映画作りのあり方に抵抗していた部分もありました。できあがった作品をすぐに受け入れられたわけではなかったし、もっときちんと描き切ればよかった、と思うところもありました。でも結局は、そう思えたことがよかった。『ロト』を撮ったことで、やはり自分のなかで何かが変わっていったと思います。この作品がなければ、『MUGEN』を撮ろうと思わなかったかもしれない。少なくとも、ああいったテンションでは撮れなかったと思います」</p>
<p>　習作的な『ロト』に対し、パリを舞台にした『MUGEN』はより自由なスタイルの旅行記のような印象の作品になっている。そこには、窓越しに見る女との偶然の出会いを繰り返す男を通して、パリの求心力に吸い寄せられるように集まる人々の時間が心地よく流れている。</p>
<p>「確かに、ふらっと旅行に行くような感じでパリに行きました。もちろん録ることは決めていましたが、いい意味で軽い気持ちだったんです。この作品の出発点自体がそうでした。友人たちと話しているなかで、何となく“映画を撮ってみるか”ということになって。ただ、行ってからはそんなにスムーズではなかったですね。思っていたキャスティング案が流れて、台本も変えなくてはいけなくなった。一から主人公役を探し出して、何とか撮影できるようにはなりましたが」</p>
<p>『ロト』を見たとき、その制作スタイルとは反対に、『すべては夜から生まれる』よりもずっとエンタテインメントになっていると感じた。『MUGEN』にはそのエンタテインメント性と『すべては夜から生まれる』に通じる緊張感、ただしもっと肩肘の張らない緊張感を感じた。</p>
<p>　どの作品も、知らない者どうしが出会い、ふとした触れ合いから心が揺らぎ、日常の温度が少し上がる瞬間を描いていることには変わらない。監督として、映画のなかでそれをどう描写し表現するか。「制作スタイルに作品が影響されるのは、どうしても避けられない」と監督自身が語るように、『ロト』と『MUGEN』を経て変わってきたものがあるのだと思う。そしてその経験によって本人が得たのは、他ならぬ「今後も作品によって制作のあり方は変わると思う」といえるさらなる柔軟性だ。</p>
<p>「『砂の影』で自覚を持った」という甲斐田監督の言葉を聞いて、次回作がますます楽しみになった。<br />
　</p>
<blockquote><p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/11/kaiphoto1.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-2614" title="kaiphoto" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/11/kaiphoto1.jpg" alt="kaiphoto" width="200" height="202" /></a><strong>甲斐田祐輔　かいだ・ゆうすけ</strong><br />
1971年生まれ。監督作品に『TWO DEATH THREE BIRTH』（98〜99）、『coming and going』（99）、『RAFT』（00）、『すべては夜から生まれる』（02）、『砂の影』（08）などがある。全編8ミリ撮影の『砂の影』はロッテルダム、ブエノスアイレス映画祭などに正式招待され、国内外で上映された。98年にKATHMANDU TRIO PRODUCTION設立。『ロト』と『MUGEN』はいずれも同プロダクションによる製作である。<br />
<span style="color: #ffffff;"> --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------</span></p>
<h6>『ロト』</h6>
<p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/11/lot2.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-2629" title="lot2" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/11/lot2.jpg" alt="lot2" width="200" height="133" /></a>監督・脚本：甲斐田祐輔／撮影：近藤龍人／音楽：bedside yoshino<br />
出演：川口潤　大谷賢治郎　吉野寿　清水ゆみ　田口トモロヲ <br />
バイトで警備員をしている山形は待機所で寝泊まりをしている。上司の吉田は叔父だが保身意識が強いため、何かと山形にうるさく小言を言う。 山形には警備車のスピードを６０kmジャストに合わせる習慣がある。 そんな折、辞めた警備員の後任として北島と名乗る男が入ってくる。寡黙で無表情な北島と薄い布一枚で遮られた部屋で一緒になった山形、対照的な二人は決して交わらないように見えた。 しかし、互いに気がつかないうちに変化していく。そして、ある時、山形は北島の行動の異変に気がつくが...。2004年／63分（公式サイトより）</p>
<h6>『MUGEN』</h6>
<p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/11/mugen2.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-2630" title="mugen2" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/11/mugen2.jpg" alt="mugen2" width="200" height="133" /></a>監督・脚本・撮影 : 甲斐田祐輔／音楽 : RADIQ aka Yoshihiro Hanno<br />
出演：Sebastien RAGEUL　Hea-Won CHA　Hiroyuki MORITA<br />
ユウイチはパリ行きの飛行機に乗っている。パリにいる恋人ユーリに逢う為である。 パリのアパートで向かいの男女をビデオで盗撮の仕事をしているセブとヨシ。 彼らはそのテープを組織に納品する仕事をしている。 セブは街でビデオに映っている女（ユーリ）を見かけ、ヨシに内緒でユーリにビデオを渡してしまう。 一方、パリに来たユウイチはユーリに連絡がとれず、アパートにいってもいつも不在、街とホテルを往復して彷徨い歩く。　 ある日、セブはレコード店で偶然声を掛けたユウイチを自分達のいるアパートに連れて帰るが…。2008年／47分（公式サイトより）</p>
<p>２作品同時上映<br />
11月21日（金）〜27日（土）<br />
池袋シネマ・ロサにて連日21:00よりレイトショー<br />
公式サイト　<a href="http://www.kathmandu3.com/lotmugen/">http://www.kathmandu3.com/lotmugen/</a></p></blockquote>
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		<title>井土紀州のシナリオ道　第１回：田村孟『少年』</title>
		<link>http://www.eigakanshugi.com/2562</link>
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		<pubDate>Mon, 05 Oct 2009 20:23:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>editer</dc:creator>
				<category><![CDATA[人]]></category>

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		<description><![CDATA[柱、ト書き、セリフのみで表現される、もうひとつの映画の世界。『ラザロ』三部作や今秋公開の『行旅死亡人』の監督・脚本家であり、また多数のピンク映画のシナリオを手掛けてきた井土紀州が、日本映画史に残る名作シナリオを読み解く。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/10/kouryo1.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-2577" title="kouryo" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/10/kouryo1.jpg" alt="kouryo" width="570" height="324" /></a></p>
<p><span style="color: #ffffff;">__________</span></p>
<p>　監督の瀬々敬久から「ピンク映画のシナリオを書いてみないか？」と誘われるまで、私はまともにシナリオというものを読んだことがなかった。それ以前にも、自分で映画を作ったことはあったが、その時はメモ書きのようなものを手掛かりにして、行き当たりばったりで撮影を進めていた。勉強しようと思い立ち、書店で「月刊シナリオ」を買って、そこに掲載されたシナリオを読もうとしたこともあったが、いつも途中で挫折した。シナリオという書き物の形態がどうも苦手で、読み進むことに苦痛を感じるのだ。読めない者に書けるはずもなく、初めて書いたシナリオは散々な出来だった。それでも、瀬々敬久は私を見捨てず、次の映画でもシナリオを書くよう誘ってくれた。奮起した私は、覚悟を決めて、手当たり次第に同時代のシナリオを読み始めた。だが、それでもシナリオという表現がしっくりとこない。やがて、過去のシナリオを読み漁り始めた時に出会ったのが、田村孟の『少年』（監督：大島渚）だった。</p>
<p>　『少年』はそれまでに読んできたどのシナリオとも違った。ト書きの一行一行に粘りつくような言葉の感触があり、セリフの一言一言が鋭く胸に突き刺さってきた。気づかぬうちに世界に引き込まれ、ぐいぐいと読み進むうちに、私の胸には熱いものこみあげていた。そして、読み終えたとき、初めて私は心の底から自分でもシナリオを書きたいと思った。</p>
<p>　『少年』は、当たり屋をしながら日本中を放浪する家族を描いたシナリオである。彼らに名前はなく、「父」「母」「少年」と名指されるだけだ。「父」は危険な役割は絶対に引き受けない狡猾な男で、事件の後に登場して示談金の交渉をするだけ。車に当たるのは、「少年」と「母」の役割で、わずかな金を稼ぐために、二人は決死の思いで走る車に飛び込んでいく。母は後妻で、少年とは血がつながっていないから、少年には冷淡だ。同じ理由で、少年もまた母にはなついていない。父はその関係をうまく利用して二人を操り、甘い汁を吸っている。ところが、コンビを組んで当たり屋を続けるうちに、少年と母の間に連帯感が生まれ、二人は反旗を翻して、父を権力の座から引きずりおろしてしまうのだ。そこでは、例え親子であろうと人間の間に否応なく存在する権力関係が厳しく見つめられていた。狭い人間関係の中のちっぽけな優位と劣位が逆転する様が、大きなドラマのうねりとなって圧倒的だった。</p>
<p>　それから私は繰り返し『少年』のシナリオを読んだ。自らの感動の秘密を解き明かそうと、シナリオを分解し、シーンごとにその狙いを探った。そして、分析の過程で、私は忘れられない描写に出会った。</p>
<p>　妊娠が発覚した母が、父に言われて中絶手術のために病院に行くシーンだ。少年は父に命じられ、母がちゃんと手術するかどうかを見張るため病院に同行する。二人が病院の前にやってきたシーンで、これまでト書きでは「母」と名指されていた存在が「女」と書かれるのである。最初に読んだときは、誤植ではないかと思った。しかし、その意味を探り、田村孟の狙いに考えが至った時、私は鳥肌が立った。束の間、父の支配を離れる二人、弱い立場に立つ母、この時、少年と母は初めて対等な関係となり、一人の男と女となるのだ。少年は、母が手術をやめるのを黙認し、かわりに腕時計を買ってもらう。以後のシーンでは「女」という表記は、再び「母」に戻るのだが、このシークエンスを境に、少年と母の関係には親密さが生まれ、淡いエロスさえ漂うことになる。</p>
<p>　私はこのシーンが大好きだ。柱とト書きとセリフだけという切りつめられたシナリオ表現の中に、田村孟の哲学が息づいている。だが残念なのは、現在、活字化されている『少年』のシナリオの多くは、この部分が改変され、「母」という表記で統一されているのだ。私が初めて読んだのは「映画評論」（1967年3月号）という雑誌に掲載されたものだったのだが、年代的に考えて、おそらくこれが初稿だろう。1967年度の年鑑代表シナリオ集に収録されているのも同じ稿である。以後の雑誌や書籍に収録されたものは全て決定稿と思われ、「女」という表記がシナリオから消えている。田村孟が何故、初稿から決定稿に至る過程でその部分を改稿したのかはわからない。シナリオは映画のための設計図と割り切ったのだろうか。しかし私は、『少年』の初稿を読み返すたびに、表現のみずみずしさを感じ、シナリオ作家の魂に触れたような思いになる。</p>
<p>　こうして、私は文学作品を読むようにして、シナリオと出会った。いやそのような出会い方をしなければ、その後、シナリオを読むことも書くことも出来なかっただろう。しかし、いつの間にか、作り手として当事者的にシナリオを読み、書くようになった。それを職業としたのだから当然のことだが、そのことにどこか味気なさを覚える。</p>
<p><span style="color: #ffffff;">____</span></p>
<p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/10/shonendvd.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2563" title="shonendvd" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/10/shonendvd-150x150.jpg" alt="shonendvd" width="150" height="150" /></a><strong>『少年』（1969）</strong><br />
監督：大島渚／出演：渡辺文雄、小山明子、阿部哲夫／99分　DVD発売元：ポニーキャニオン（廃盤）<a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/10/tamurabook2.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-2580" title="tamurabook" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/10/tamurabook2.jpg" alt="tamurabook" width="100" height="147" /></a></p>
<p><strong>『田村孟　人とシナリオ』</strong>（シナリオ作家協会）<br />
『少年』、『白昼の通り魔』（監督：大島渚）、『青春の殺人者』（監督：長谷川和彦）、『瀬戸内少年野球団』（監督：篠田正浩）の４本のシナリオとインタビュー、縁のある映画人のエッセイなどを収録。</p>
<blockquote>
<h6>井土紀州監督・最新作『行旅死亡人』10月下旬より新宿シネマートにて公開</h6>
<p>もしも自分の知らないところで、自分になりすまして生活している人間がいたら——？　ノンフィクション作家を目指す24歳のミサキはある日、病院からの電話で、自分の名を騙る女が入院したことを知る。女はなぜ他人になりすまして生きてきたのか？　真相究明の旅に出たミサキは、女の苛酷な人生に向き合うことになる……。タイトルの行旅死亡人とは身元不明の死者を指す。<br />
監督・脚本：井土紀州／出演：藤堂海、阿久沢麗加、本村聡、小田篤、たなかがん、長宗我部陽子<br />
<a href="http://www.kouryo.com">http://www.kouryo.com</a></p></blockquote>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>トム・リン × チェン・ヨウチェ　新鋭監督２人が語る、台湾映画の過去と未来</title>
		<link>http://www.eigakanshugi.com/2502</link>
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		<pubDate>Mon, 28 Sep 2009 01:43:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>editer</dc:creator>
				<category><![CDATA[人]]></category>

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		<description><![CDATA[侯孝賢らが中心となったニューウェーブから20年あまり、台湾の30代監督の作品が一般観客の支持を集めている。彼らが作る映画の特徴とは？　日本でも注目度急上昇中のトム・リン（林書宇）とチェン・ヨウチェ（鄭有傑）が語る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/MG_5154.JPG"><img class="aligncenter size-full wp-image-2511" title="_MG_5154" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/MG_5154.JPG" alt="_MG_5154" width="406" height="610" /></a></p>
<p><span style="color: #ffffff;"><strong>＿＿＿＿</strong></span></p>
<p><strong>ニューウェーブ以降の台湾映画は、どこへ向かっているのか？　新世代の監督の中で最も注目を集めているトム・リン（林書宇）とチェン・ヨウチェ（鄭有傑）。ともに30代前半の二人は、親友でもあり、ライバルでもあり、互いの作品に俳優や助監督として力を貸す映画制作仲間でもある。この夏から秋にかけて、それぞれ長編デビュー作が日本で劇場公開されている彼らが、台北郊外の思い出の地で語り合った。</strong><br />
（＊写真：チェン・ヨウチェ監督の新作『ヤンヤン』のロケ地である大学の陸上競技場にて。左がトム・リン、右がチェン・ヨウチェ）</p>
<h5>――今日は、日本のメディアの取材ということで、揃えてくださったのですか？</h5>
<p><strong>ヨウチェ　</strong>この『はじめの一歩』のＴシャツはトム君から貰ったものなんです。（トム・リン監督は『バタアシ金魚』のＴシャツ）</p>
<p><strong>トム　</strong>べつに高いものじゃないですけど。僕らは二人とも日本の漫画が好きで。ヨウチェ君が着ているＴシャツは、今月、日本で公開される彼の長編デビュー作『一年之初』のクランク・イン前にプレゼントしたものです。</p>
<h5>――皆が支えているぞ、という友情のメッセージですね。</h5>
<p><strong>ヨウチェ</strong>　友情だけじゃなくて、実際にトム君はこの映画の助監督まで務めてくれました。</p>
<h5>――そうなんですか！</h5>
<p><strong>トム　</strong>僕は役者ではないので助監督の立場でヨウチェ君を手伝いましたが、俳優でもある彼には８月末に公開された僕のデビュー作『九月に降る風』に出演してもらいました。先日撮影した音楽クリップでも世話になったし。</p>
<h5>――ひょっとして、二人の間に愛は（笑）。</h5>
<p><strong>トム　</strong>残念ながら、僕らは既婚者です（笑）。</p>
<p><strong>ヨウチェ　</strong>おまけに妻同士も仲が良い（苦笑）。</p>
<h4>台湾映画は、なぜ低迷したのか</h4>
<h5>――これは失礼しました。では早速、本題に入りましょう。今回のテーマは新鋭監督二人が語る『台湾映画の過去と未来』ということなのですが。業界全体でみれば、永きに亘って国産映画の不振が続きましたね。</h5>
<p><strong>トム</strong>　そうですね。今日の台湾映画界の低迷は、ちょっとしたスランプというレベルの話ではなく、振り返れば８０年代後半から少しずつ積み重なってきた躓きの結果という印象があります。</p>
<h5>――しかし、８０年代の台湾映画界といえば、かの有名な“ニューウェーブ”の時代。世界的には、この時代の作品がもっとも評価されています。</h5>
<p><strong>トム</strong>　たしかに、８０年代のニューウェーブを引っ張ったのは、侯孝賢（ホウ・シャオシェン）や楊徳昌（エドワード・ヤン）という監督たちでした。かれらの作品は日本でも高い評価を受けたので、皆さんご存知でしょうが、その特徴は個人的な経験に焦点を当てた、写実性の高い作風です。アート映画という呼び方をしても間違いではないかもしれない。</p>
<p><strong>ヨウチェ</strong>　その後に続いた作品も、いわゆる国際映画祭では評価されていたんですよ。</p>
<p><strong>トム</strong>　でも、観客動員には繋がらなかった。そして、流れを変えられないまま、９０年代に入り、台湾がＷＴＯに加盟、輸入映画の検閲が外される形でハリウッド映画が登場します。お金のかかったエンターテインメント大作に惹かれる観客心理を、８０年代の栄光に憧れた新鋭監督たちは理解できなかったのかもしれません。そういう状況の中で、製作会社や配給会社が、国内で作るよりも権利を買い付けてきた方が得策だと判断したのでしょう。</p>
<p><strong>ヨウチェ</strong>　９０年代後半以降の映画館は、ハリウッド映画に占拠されるような状況だったよね。</p>
<h5>――ところが、昨年の台湾映画界では面白い現象が起きました。興行成績の上位を占めたのは？</h5>
<p><strong>ヨウチェ　</strong>トム君の『九月に降る風』をはじめとする若手監督たちの台湾映画でした。</p>
<h5>――トム・リン監督、おめでとうございます！</h5>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>『リミッツ・オブ・コントロール』ジム・ジャームッシュ監督インタビュー「ひらめきは万物の中に」</title>
		<link>http://www.eigakanshugi.com/2217</link>
		<comments>http://www.eigakanshugi.com/2217#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Sep 2009 12:22:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>editer</dc:creator>
				<category><![CDATA[人]]></category>
		<category><![CDATA[封切館]]></category>

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		<description><![CDATA[幻惑に満ちたスペインを彷徨う、名もなき男。制限なしのイマジネーションが炸裂するジャームッシュ最新作は、原点回帰か、それとも新たな到達点か。解釈のヒントがちりばめられたロングインタビューを一挙掲載。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/jim19b.jpg"><img class="alignnone size-full wp-image-2288" title="jim19b" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/jim19b.jpg" alt="jim19b" width="400" height="602" /></a></p>
<p><em><span style="color: #ffffff;">あああ</span></em></p>
<p><strong>「自分こそ偉大だと思う男を墓場に送れ」と依頼主から命じられたコードネーム“孤独な男”。<br />
男は、異郷スペインをさすらいながら、同じくコードネームを持った仲間と暗号を交わし、<br />
現実と幻想の間を彷徨いながら、やがて荒野の中のアジトに辿り着く。<br />
撮影監督にクリストファー・ドイルを迎えたジャームッシュの最新作は、<br />
まさにタイトル通り制限なしの想像力が炸裂する115分のロードムービー。<br />
既に公開されている国では賛否両論のこの話題作の根底に流れるメッセージとは？　<br />
インタビューからひも解いてみたい。</strong></p>
<h4>出発点となった言葉、映画</h4>
<h5>——この映画のタイトルはウィリアム・S・バロウズが70年代に書いた同名エッセイからとったと聞きました。“The Limits of Control”とはどのような意味ですか？</h5>
<p>実はそのエッセイの内容とこの映画は直接関係なくて、“解釈の自由”を示すこのタイトルが気に入った。（このタイトルは）意味がよくわからないよね。自分たちの支配には限界がある、もしくは自分自身の支配には……ということなのかな？　よくわからないけど、何だか良いと思ってね。基本的に映画は（製作者の意図が何にせよ）観る人が自由に理解するものだと思うから。</p>
<h5>——劇中で、ティルダ・スウィントン演じる人物がいくつかの映画のタイトルを繰り返し口にしますが、構想のきっかけになった映画はありますか？</h5>
<p>フランチェスコ･ロージの作品のような70年代、80年代のヨーロッパの犯罪映画が頭にあった。作品を模倣するということではなく、むしろその中にスタイルを見つけるという意味で、アイデアの源となる印象的な作品を思い浮かべていた。ジャック･リヴェットがジョン･ブアマンの傑作『殺しの分け前／ポイント･ブランク』をリメイクしたらどんな感じになるだろう？　あるいは、マルグリット･デュラスがジャン＝ピエール･メルヴィルの『サムライ』をリメイクする感じと言った方がいいかな。一番重要だったのは、おそらく『殺しの分け前／ポイント･ブランク』だ。制作会社も「ポイントブランクフィルム」という名前にした。</p>
<h4>気に入ったもの、人、場所の集大成</h4>
<h5>——主人公には最初からイザック･ド･バンコレを想定されていたのですか？　過去に3回彼と仕事をされていますが（『ナイト・オン・ザ・プラネット』『ゴースト・ドッグ』『コーヒー＆シガレッツ』）、彼には非常に存在感がありますね。</h5>
<p>脚本を書き出したときからイザックを考えていた。というのもここ何年か、彼をある種の人目を忍ぶ任務を負った寡黙で力強い役柄で使って映画を撮りたいという思いがあったんだ。タイトルの件やイザックをそうした役柄で使うという構想に加えて、『リミッツ・オブ・コントロール』は物が集まり始めたことで実現したといえる。この映画のためにいつも色々と集めていたんだよ。</p>
<h5>——それはどのような？</h5>
<p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/jarm5.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-2252" title="jarm5" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/jarm5.jpg" alt="jarm5" width="300" height="200" /></a>たとえば、ジョー･ストラマーがサン･ホセのアルメリア郊外に家を持っていた。ジョーが亡くなった後、奥さんのルシンダが言ったんだ。「この通りに、人に貸していた変な家があるの。ジョーは車で通りかかるたびに『この家をジムに見せてやらなきゃ。きっと映画で使えるよ』って言ってたわ」ってね。実際にそこをビル・マーレイ演じる人物に遭遇する家として使った。</p>
<p>僕はずっとスペインで映画を撮りたいと思っていた。僕の古い友人で『リミッツ・オブ・コントロール』のカルチャー･アドバイザーでありスパニッシュ･シネマテークの責任者でもあるチェマ･プラードが、マドリードのすばらしい建築物トレース･ブランカスに家を持っているんだ。最初に彼を訪ねて行ったのは、少なくとも20年は前だ。その建築物は1960年代後半に建てられたもので、僕は常々なぜ他の連中がもっとあそこで撮影しないのか不思議に思っていた。今回やっとその中の部屋のひとつで撮影できた。そんなふうに全てのピースをつなぎ合わせていき、セビリアを念頭に置いたとき、スペインで全てが形をなし始めた。</p>
<p>この脚本は最初25ページ分の物語だったものを、制作段階で膨らませていったんだ。最初からそうしようと決めていた。脚本が自然に成長するにまかせて、従来の脚本というものは作らないようにしようと。だから現場では常にアンテナを立てて作業していたし、いつも何かを再検討したり、作品が自然とある方向に向かっていくのに身を任せたりする態勢が整っていた。</p>
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		<title>『真夏の夜の夢』中江裕司監督インタビュー「映画館がない地域の人にも届けたい」</title>
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		<pubDate>Tue, 15 Sep 2009 06:04:31 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[人]]></category>
		<category><![CDATA[封切館]]></category>

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		<description><![CDATA[シェイクスピア劇を沖縄の小島に移し替えた中江裕司の最新作には、なんと全国版と沖縄版の２通りのタイトルがついている。その理由とは？　映画館のない地域で、自ら映画を上映して回っている監督に聞いた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/manatsu-main1.jpg"><img src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/manatsu-main1.jpg" alt="manatsu-main" title="manatsu-main" width="550" height="380" class="aligncenter size-full wp-image-2178" /></a></p>
<p>いつの世も人々を祝福し、守ってくれる精霊。でも、人々はその存在を忘れようとしている——。<br />
沖縄を除く全国では『真夏の夜の夢』、沖縄では『さんかく山のマジルー』というタイトルで絶賛公開中の中江裕司監督最新作は、シェイクスピア劇を現代の沖縄の小島に置き換えた祝祭劇。都会での恋に破れて故郷の島に戻ってきたヒロイン・ゆり子は、リゾート開発を企む島民の政略結婚騒動に巻き込まれ……。昔からゆり子を守ってきたキジムン（精霊）のマジルーは、彼女を救い出すことができるのか？　果たして島の未来は？<br />
土地に根ざした映画を作り、土地に根ざした上映活動を続けている中江監督が今、伝えたい、届けたい思いとは。</p>
<h4>人間と精霊が当たり前のように共生する場所</h4>
<h5>——シェイクスピアの『真夏の夜の夢』は、アテネの森で、妖精に惚れ薬を塗られた恋人たちが騒動を繰り広げる話ですが、16世紀に書かれたこの戯曲を現代の沖縄の小島に置き換えるにあたって、どんなところが万国共通、あるいは不変だと思われましたか。</h5>
<p>やはり、妖精と人間が共存している様ですね。原作では、それが当たり前のこととして描かれていますが、沖縄でもキジムンを見たことがあるという人はいっぱいいます。<br />
今の世の中って、目に見えないものは存在していないことになっているじゃないですか。僕は、アメリカが悪いと思うんですけど。200年しか歴史のない国が世界を支配しようとするなんておかしいですよ。</p>
<h5>——……アメリカ？</h5>
<p>アメリカ的なものというと……日本中にある巨大ショッピングセンターがいい例です。沖縄にもいっぱいありますよ。ショッピングセンターができて、個人商店や商店街の中の神社といった、土地にもとからあったものは、すべて非合理的なものとして破壊されました。それ以来、人は大事なことを忘れていったような気がします。いや、別にアメリカが……とか考えながらこの映画を作ったわけじゃないし、アメリカ的なものが出てくるわけでもないんだけど。</p>
<h5>——映画では、いかに人々が精霊の存在を忘れているか、そして精霊がいかに人々を守り祝福しているかが描かれていますが、人は精霊が見えていなきゃいけないということでは決してないですよね。</h5>
<p>目に見えないとされているものを、「私には見えています」とアピールしたり、「みんなで見よう」というのは、ちょっと違う気がします。自然というのは、目に見えるもの、見えないもの、合理的なもの、非合理的なもので成立していて、どれも不可欠なんです。</p>
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		<title>レオン・カーコフ（サンパウロ国際映画祭代表）インタビュー「レジスタンスとしての映画祭・映画館運営」</title>
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		<pubDate>Thu, 10 Sep 2009 09:10:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>editer</dc:creator>
				<category><![CDATA[人]]></category>
		<category><![CDATA[映画祭・シネマテーク]]></category>

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		<description><![CDATA[軍事政権による検閲と闘いながら映画祭を始めたのも、映画館を作ったのも、動機は同じ。映画と観客の接点を作りたかったから——。世界都市サンパウロの映画文化を支え続けるカーコフ氏の活躍に迫る。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>サンパウロ国際映画祭の代表を30余年にわたってつとめるかたわら、映画館チェーンを成功させ、また活字を通して小津やキアロスタミなど世界の名匠をブラジルに紹介してきたレオン・カーコフ氏。映画を観客に届けるのは自分のミッションだと言い切る氏に、その縦横無尽な活動を振り返ってもらった。</p>
<div id="attachment_2137" class="wp-caption aligncenter" style="width: 490px"><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/leon1.jpg"><img class="size-full wp-image-2137" title="leon1" src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/leon1.jpg" alt="『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』より" width="480" height="360" /></a><p class="wp-caption-text">『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』より</p></div>
<h4>世界都市サンパウロで映画を上映するということ</h4>
<h5>——サンパウロ国際映画祭が世界の18人の映画作家と制作したオムニバス『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』のトークショーで、監督の一人である吉田喜重氏が「自分の松竹時代の作品がサンパウロでも同時期に上映されていたことを、30年経ってから知った」と言っていて興味深かったのですが、サンパウロでは昔からいろんな国の映画が上映されていたのでしょうか。</h5>
<p>サンパウロは世界でも特殊な街です。人がどこの出身かなんて誰も気にしていない、世界でも唯一の場所だと思います。誰でもサンパウロにやって来た瞬間にブラジリアンになります。そんな移民の街なので、様々な文化を受け入れる器があり、昔からヨーロッパの映画や日本の映画は本国とほぼ同時期に観ることができました。日本の撮影所システムが機能していた頃は、各社の映画館があったんですよ。</p>
<p>今、サンパウロ市はものすごい勢いで拡張していますが、この文化的に恵まれた環境を維持していくことは自分の使命だと思っています。</p>
<h5>——1977年にサンパウロ美術館の30周年記念事業として、サンパウロ映画祭を立ち上げられたわけですが、そのきっかけは？</h5>
<p>私は69年にジャーナリストとして活動し始めたのですが、当局の検閲が厳しく、自由に表現できる場はほとんどありませんでした。表現者が自由に表現できる場を作りたい一心で、美術館運営に携わったり、映画批評を書いたりしていましたが、それらの活動だけでは状況を変えられないと思ったので、映画祭を立ち上げました。1985年に軍事独裁が終わるまで、映画祭を続けることは検閲との闘いでしたね。</p>
<h5>——サンパウロ映画祭では第一回から観客投票で優秀作品を選んでいたとか。</h5>
<p>当時のブラジルにおいて、この映画祭は誰もが投票できる唯一の民主主義の場でした。10年前からは国際審査員賞を設けていますが、審査員はあらかじめ観客投票によって選ばれたベスト１２本の中から優秀作品を決めます。通常は、映画祭のプログラマーがセレクトした作品の中から審査員が選びますが、ここでは観客に映画をセレクトする責任を持ってもらうことを大事にしています。</p>
<h4>映画館チェーンを成功させるまで</h4>
<h5>——映画祭を運営しながら映画館チェーンを始めたのは？</h5>
<p>映画祭を始めた動機と同じで、観客と映画の接点を増やしたかったからです。それ以前から外国映画の配給には携わっていて、自分の劇場があればもっと好きな映画を上映できるのにと思っていました。映画館を立ち上げたのは、キアロスタミの『桜桃の味』がカンヌでパルムドールを獲った翌年だから……98年かな。『桜桃の味』も私が配給したのですが、その時はまだ映画館を持っていなかったので、他所で上映しました。</p>
<h5>——カーコフさんが始めた映画館ではメジャー作品とアートハウス系の作品の両方を上映しているそうですが、その理由は何ですか。</h5>
<p>大規模に宣伝されているハリウッド映画を観にきたお客さんに、インディペンデント映画の存在を知ってもらい、興味を持ってもらうのが目的です。私たちはアーティプレックス（Arteplex）と呼んでいるのですが、現在サンパウロに２館、ポルトアレグレ、クリチバ、リオデジャネイロ、サルヴァドルにそれぞれ１館ずつあります。（＊）UOL（ブラジルのインターネットプロバイダー最大手）やウニバンコ（銀行）といった企業がスポンサーについてくれたおかげで、ここまで拡張できました。</p>
<p>サンパウロのアーティプレックスでは約半数のスクリーンでアート映画を上映しています。</p>
<p>（＊　08年11月現在。最新情報は劇場の公式サイトをご覧ください）</p>
<p> </p>
<h5>——映画館に対する行政の支援などはありますか。</h5>
<p>ブラジル映画を年間64日以上上映すれば、形ばかりのサポートが受けられることになっています。でもブラジル映画はお客がまったく入らないので、劇場側のメリットは実質ゼロですね。ブラジル映画を見る観客は年々減っています。</p>
<p>ブラジルでは、映画を作る人たちは様々な支援を受けられるんですよ。その結果、撮ることが最終目標になってしまって、完成後のことを考えていない作り手が多い。監督やプロデューサーが観客の方を向いていないんです。観客に観てもらえなくても、ヒットしなくてもお金は入ってくるから。実は『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』は何の資金補助も受けずに作ったのですが、そういったブラジルの映画製作のシステムに反発したいという思いがありました。</p>
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		<title>『アンナと過ごした４日間』イエジー・スコリモフスキ監督インタビュー「わたしは見る者を誤導したいと思っています」</title>
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		<pubDate>Tue, 08 Sep 2009 12:50:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>editer</dc:creator>
				<category><![CDATA[人]]></category>
		<category><![CDATA[封切館]]></category>

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		<description><![CDATA[08年の東京国際映画祭を震撼させた、スコリモフスキ17年ぶりの新作『アンナと過ごした４日間』がついに劇場公開される！　東ヨーロッパを代表する監督でありながら、日本では“幻の巨匠”と呼ばれる氏の、サングラス越しの眼差し。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/skolimoa.jpg"><img src="http://www.eigakanshugi.com/wp-content/uploads/2009/09/skolimoa.jpg" alt="skolimoa" title="skolimoa" width="450" height="600" class="aligncenter size-full wp-image-2490" /></a></p>
<h4>峻厳さとユーモアと——</h4>
<p>　ポーランドのどことも知れぬ村を黙々と歩きつづける男。この冒頭から、『アンナと過ごした４日間』には、すでに為体（えたい）の知れない殺気がたちこめ始める。看護士の女性に思いをはせた一人の男。看護婦寮の向かいにある陋屋（ろうおく）から、男は毎晩のように女の姿を望遠鏡で観察している。そんな男の単調な生活のなかに、彼女と運命的な出会いを果たした記憶が悪夢のように去来する。映画はレオンという孤独な男の行動を、昆虫観察のような冷徹な視点でとらえていく。看護婦寮のそばの街灯を投石で破壊する男。祖母の死後、女の砂糖壜のなかに祖母の睡眠薬を混入する男。深夜、睡眠薬入り砂糖を入れたお茶を飲んだところを見とどけ家を出る男。そして、アンナの部屋に侵入する男。</p>
<p>　2008年の東京国際映画祭で『アンナと過ごした４日間』が公開された。すでに公開前から大きな期待を寄せられていたが、それは傑作という言葉さえ空しくなるような作品であった。上映後は観客の誰もが、その安易な賞讃を撥ねのけてしまう映画の峻厳さを前に、文字どおり打ちひしがれたといっていい。<br />
　<br />
　しかし、急いでつけ加えるなら、これはむやみに人を恐怖させるだけの映画ではない。「私の映画を見たことのある人は、そこに流れるブラック・ユーモアをご存じでしょう。この映画は人間の心の暗い側面を描いておりますが、そのなかに軽やかな瞬間が存在しております」。昨年の10月20日、映画の上映を前に登壇したスコリモフスキ監督自身の挨拶の言葉である。『アンナと過ごした４日間』は、仮借なき峻厳さがそのまま大らかなユーモアに転じてしまう瞬間にみちている。黒いサングラスをかけたポーランドの巨匠が、厳かな調子でそのように口にすること。もしかしたら、それ自体がスコリモフスキの諧謔であったのかも知れない。<br />
　<br />
　今年の秋に上映が決定した本作を前に、スコリモフスキ監督が映画の共同脚本家であり妻でもあるエヴァ・ピャスコフスカと再度来日した。「わたしは観客を“誤導（ミスリード）”したいと思っています」と話すスコリモフスキは、この日もサングラスをかけ、厳かな語り口で新作について語ってくれた。ジャズ・ドラマーや詩人としての経歴を持つスコリモフスキ氏は、会見後、自身の描いた画集を贈ってくれた。「ただし頼みがある。漢字で“家路”と書いてほしい」。言われるままに筆ペンを握らされた筆者が、お粗末な書を献呈すると、「これはわたしの名前（イエジー）だね」と微笑んだ。</p>
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		<title>万田邦敏　テレビドラマと映画の間を行ったり来たり　第１回</title>
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		<pubDate>Sun, 23 Aug 2009 07:18:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>editer</dc:creator>
				<category><![CDATA[人]]></category>

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		<description><![CDATA[映画監督とはいえど、映像体験の始まりはテレビにある。小中学生の頃、各局で毎日のように放映されていたアメリカのテレビドラマや洋画劇場。それらから何を学んだのか、学ばなかったのか？　『接吻』の監督によるエッセイ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昭和３１年生まれの私にとって、最初に魅せられた「動く画」は映画ではなく、テレビであった。生まれたときから家庭にテレビがあるという環境の最初期の世代に、私は属しているのである。</p>
<p>　私はたちまちテレビ中毒となった。親は、自分がテレビを見たいからということもあったろうが、その恩恵を子供たちにも与えたいという気持ちもあって当時はまだ高額なテレビ受像機を購入したはずだ。しかし、すぐに「テレビばかり見ないで勉強しろ」と怒りだした。テレビを見る見ないの攻防は、以来１８年間、つまり私が高校を卒業するまで続くことになる。おそらく事態はどの家庭にあっても同様だったろう。それは現在でも続く親子の攻防であるに違いない。現に私は、今１３歳の一人娘に、かつて私が親から言われたのとまったく同じ言葉をもう７，８年言い続けているし、それでも娘はテレビを見続けている。</p>
<p>　小津の『お早う』にも登場する大宅壮一の有名な「一億総白痴化」発言は、テレビ放送が開始されてから４年後、私が生まれてから１年後の１９５７年にすでになされている。テレビは大人にとって、特に子を持つ親にとって、あっという間にやっかいな代物となったのだ。しかし、何がやっかいだったのか？　大宅発言は、低俗な番組を流すテレビに対する猛烈に批判的な発言だが、しかしテレビが一億を総白痴化するのではないかという当時の良識派を襲ったヒステリックな恐怖は、ほんとうは番組内容の如何とは無関係だったのではないかと今は思う。彼らが恐れたのは、テレビが映像を朝から晩まで切れ目なしに家庭に垂れ流すことだったのではないかと思うのだ。垂れ流しの映像は人から映像の拒否権と選択権を奪い、人は容易に映像中毒に冒されてしまうのだ。なるほどスイッチを切れば映像は消える。チャンネルをセットすれば見たい番組だけを見ることができる。テレビ映像に対する拒否権も選択権も、見る側の手中にあるかのように思える。</p>
<p>　しかし、現実は違うのだ。テレビにあっては、番組終了と同時にぴたりとスイッチを切ることも、番組開始と同時にぴたりとスイッチを入れ、ぴたりとチャンネルを合わせることも不可能だからだ。スイッチを入れれば必ずすでに何かが始まっているし、スイッチは必ず何かの途中で切る他ないのである。スイッチを切って家庭からテレビの映像を消滅させるのは、だからとりあえずの行為でしかない。スイッチを入れようが入れまいが、テレビは潜在的、顕在的にだらだらと映像を家庭に送り続けているのだ。だからこそひとは気儘にテレビのスイッチを入れ、気儘にスイッチを切ることができるのだ。ああ、このテレビ映像のだらしなさ！　番組内容が低俗であろうが良質であろうが、このテレビのだらしなさから逃れることはできない。このだらしなさが一億を総白痴化するかしないかは知らないが、青少年にとって非教育的であることは間違いない。昔も今も、親はこのだらしなさに苛立つのだ。しかし今はそれがわかっても、子どもにとっては昔も今もテレビはひたすら面白いのである。</p>
<p>　生まれたときからテレビがあったある年代以降の者にとって、テレビの面白さの記憶を抜きにした映像体験を語ることはできないだろう。では、非教育的なだらしなさと引き換えに我々がテレビから学んだことは何だったのか。多くのアメリカ製ドラマ、洋画劇場に流れた多くの短縮版映画、あの場面、あの台詞、あのナレーション、あの音楽。フォード、小津、溝口は当然ながら、ヌーヴェル・ヴァーグさえも同時代的に生きることのできなかった我々は、一体どんなテレビ映像を同時代的に生きたのか。様々な記憶が一気に蘇ろうとしている。その記憶をたどり直してみたいと思う。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>『インスタント沼』三木聡監督インタビュー 「体験できるから面白い」</title>
		<link>http://www.eigakanshugi.com/332</link>
		<comments>http://www.eigakanshugi.com/332#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 23 Aug 2009 06:40:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>editer</dc:creator>
				<category><![CDATA[人]]></category>
		<category><![CDATA[封切館]]></category>

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		<description><![CDATA[麻生久美子扮する進化型ヒロインが拳を振り上げて「しょうもない日常を洗い流すのだ！」と叫ぶ新作で、新たなサプライズの数々を観客に見せつけた三木聡監督。テレビ・舞台での長いキャリアを経て、00年代から独自の映画文脈を築いてきた氏を直撃！]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4>主人公が叫ぶ映画を作りたかった</h4>
<h5>——これまで脱力系と呼ばれていた三木聡監督作品ですが——。</h5>
<p>「別に自分では意識していないし、脱力して作っているわけでもないんですけど、結果そうなっているみたいですね（笑）」</p>
<h5>——ところが今回のヒロインは様々な予想外の出来事に巻き込まれながらも、自力で道を切り開いて行って、ついには扇動者となります。そのがむしゃらな勢いが圧巻でした。これまでの作品の主人公のダメさ加減に共感していた観客や、ユルい空気に馴染んできた観客にとっては驚きだと思います。</h5>
<p>「主人公が叫んだり演説したりして終わる映画が最近ないなと思っていたんです。主人公がぼそっと心情を言うようなテンションの映画が多いじゃないですか。作る側としては、意味のない高揚感の中で終わるような映画——意味があるかないかは受け手の側が決めることだとは思いますが——をやってみたいなと思ったんです。なぜこれまでのダラ〜ッとした映画から、このような大声でガンガン騒いで終わる映画をやりたくなったかというと、今振り返ると自分の中で心情の変化があったからなんでしょうけど、何か大きなきっかけがあったわけではないんですよ」</p>
<h5>——今の世相に対するアジテーションでもあるのですか。</h5>
<p>「いや、撮影したのは去年の７月なので、リーマンショックより前ですし、ガソリンや小麦の値上がりが話題になっていた時期。まさか今のような状況になるとは想像していませんでしたから。今の社会状況と照らし合わせて観た時に、（映画の最後で主人公が）高いところに立って叫んでいる感じがより強く出ているのだとしたら、それは映画にとって幸せなことですね」</p>
<h5>——作品ごとに主人公がどんどん力強く外に向かっていく印象があります。</h5>
<p>「『亀は意外と速く泳ぐ』（05）では主人公は一貫してリアクターでした。西部劇『シェーン』（53）のような構造で、ガンマンがやって来て母と息子に非日常が訪れるけど、ガンマンが去るとまた日常に戻るような。次の『図鑑に載ってない虫』（07）の伊勢谷（友介）君も受け手の役でしたね。ところが『転々』（07）では、オダギリ（ジョー）君は途中までは周りに流される一方のリアクターなんだけど、最終的に自分はリアクターではないんだと気付いて、そこから物語が動き始める。<br />
そして今回の『インスタント沼』では、主人公は自分で（人生を）コントロールしているつもりなんだけど、実はリアクターだったという展開。とは言っても、彼女は切り開いていく力が強いから、しまいには物語もその力に引っ張られていくという構造なんですね。そう考えていくと、僕の映画は大きく変化してますね。『図鑑』の頃から、主人公の設定に関する実験をしてきた気がします。まあ、ずっと同じことをやっていると飽きるというのも大きいんですけど」</p>
<h5>——今回の主人公・沈丁花ハナメを若い女性にした理由は？</h5>
<p>「今回のテーマは沼なんですけど、主人公はジリジリと泥の中に沈んでいきながら、でもなんとか持ちこたえて、なんとかなるさと思っていたら、またロクでもないことに巻き込まれて……というキャラクターで、女性が持っているある種の強さ、まわりを引っ張っていくような力が必要でした。物語の構造としては、王様に命令されてお姫様を救出して帰ってくるとちょっと成長している、というような少年漫画によくある冒険物語のパターンですが、親父に対して突っ込んでいくというギャグの構造も含めて、女性がやったほうが面白いカタルシスが得られると思ったんです」</p>
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