アラサー・アラフォーが流行語となり、揺れる女心や女のホンネを描いた映画やドラマが話題の昨今。その多くは、観客に「こういうの、あるある」と共感させることが最大の目的だったりするのだが、田舎の実家で腫れもの扱いされているバツイチ女が年下の男と出会って少しずつ心を開く『ノン子36歳(家事手伝い)』は、単に共感させられるというよりも、主人公に向けられる視線のあたたかさや、彼女を照らす光の美しさが印象に残る映画だ。
いつも不機嫌な顔をしている元タレントのノン子(坂井真紀)は、彼女の実家の神社のお祭りでヒヨコを売りたいというマサル(星野源)と知り合う。同時に、絶縁していた元マネージャーの元夫(鶴見辰吾)も姿を現して……。どこへも向かって行かないかのようなヒロインを、ありったけの愛情をこめて描いた熊切和嘉監督にインタビューした。
女優・坂井真紀の魅力
——もともと5年前に『揮発性の女』の企画を練っていた時に作られたプロットと、プロデューサーからの「坂井真紀さん主演で男女の話」という提案が合致して実現した映画だそうですが、最初から30代の女性が年下の男性と出会う話だったのですか。
正確な年齢までは考えていませんでしたけど、主人公の設定などは最初のプロットからほとんど変わっていないです。『揮発性の女』はラブコレクションという6人の監督が女性の愛とエロスを撮る企画の1本で、プロデューサーに「年上の女性を描きたい」と言ったら、「じゃあ熟女担当ね」と言われてしまい(笑)。いや、決して「熟女」ではないんですけど。
——年上の女性を描きたかったというのは?
単に僕が年上の女の人が好きだからです。最初はマサルの視点から考えていて、ふらりと田舎に行ったら、退屈した年上の女の人がいて……という男子の妄想ですね(笑)。
——その設定と坂井さんはどういうところが合ったのでしょう。
ノン子は昔芸能界にちょっといて、実家に出戻ってきたという設定なんですが、坂井さんって、なんてことのない町の風景に馴染むんです。同じきれいな女優さんでも、嘘っぽくなってしまう人もいると思うんですけど。
——では、坂井さんの出演が決まって大きく変わったところはありますか。
ラストはずいぶん変わりましたね。僕、坂井さんの笑顔がものすごく好きで、坂井さんって笑う時は思いっきり笑うんです。最終的にその笑顔を見せられたらいいなと思いました。あと、全体的に情が入りました。
——坂井さんとは『青春☆金属バット』『フリージア』と二度組んでいらっしゃいますが、今回は坂井さんのこんな側面を撮ってみたいというのはありましたか。
『フリージア』では冒頭で殺される役をやっていただいて、『青春☆金属バット』では巨乳の特殊メイクをした特殊なキャラクターだったんですけど、坂井さんは僕が渡した役のバックグラウンドをものすごく読み込んで、完全にキャラを作って本番に来られるんです。で、完全にキャラクターになり切っている時の坂井さんはほとんどまばたきをしないんですよ。『青春☆金属バット』ではそれがよかったんですけど、今回はそうではなく、自然にまばたきもする、人間としてそこにいてほしいと思いました。
——もっとスキのある感じですか。
そうですね。それから『青春☆金属バット』の時に踏み込めなかったことがもうひとつあって。原作の漫画では登場人物の肉体関係が重要な部分を占めていたんですけど、映画では描かなかったんですね。そのことを坂井さんが僕以上に気にしていて、いつかきっちり踏み込んで描けるといいねと言っていました。
——具体的にいうと……。
……揺れる心というか、ノン子と元夫が再会してからのくだり(元夫に突然訪ねてこられて最初は頑なに拒否するが、話しているうちに性行為をする)は描いてみたかったことのひとつです。
女性映画への挑戦
——そういった女性心理について、今回特にリサーチなどはされたのでしょうか。
別にリサーチはしてないです。ノン子ぐらいの歳で、結婚せずに実家暮らしの知り合いは実際にまわりにいるので、そういうところから想像しました。……ものすごく余計なお世話なんですけど、そういう人がいると僕は笑わせたくなるんです。本当に余計なお世話ですが。あと、脚本の宇治田(隆史)くんは、もともと女性を描くのが上手いので。
——確かに映画の主人公はノン子ですが、マサルの視点から描かれている部分も大きいですね。
ホンの段階よりも出来上がった作品のほうが、マサルの目線が入っていますね。やっぱり僕自身がつかみやすいですし。
マサルが神社のお祭りでヒヨコを売ろうとする話は、実はうちの親父の話なんです。僕が小学生の時に、親父が「お祭りでヒヨコを売ろう」と言い出して、400匹買ってきたんです。でもお祭りが雨で1週間延期になって、その間にエサとフンで汚くなり、当日は全然売れなかったという……。そこからネタをもらったこともあり、マサルにはだいぶ肩入れしてしまいました。
——ヒヨコの登場はインパクトがありました。ふわふわしてとてもかわいいのだけど、一方でショッキングな生々しさもあります。すぐに死んでしまうのではと思って見てしまいますし。
大量のヒヨコが道にあふれて黄色いじゅうたんみたいになるシーン、あれは絶対にやりたいと思っていました。どうしようもない二人なんだけど、一瞬奇跡が起こったかのように見せられたらいいなと。
——女性主人公に話を戻します。今、アラサー・アラフォーが流行語になったりして、恋愛や結婚やキャリアに揺れる女性みたいなテーマがちょっとしたブームです。海外作品でも同時期に公開されるゾエ・カサベテス監督の『ブロークン・イングリッシュ』やクリスティナ・ゴダ監督のハンガリー映画『反恋愛主義』が同年代の女性の生き方を描いていて、視点はまったく違うし、同時期なのは偶然なんでしょうけど、宣伝のターゲットは共通している。そういったことは意識されたのでしょうか。
プロットを考えたのは5年前ですし、(ブームは)まったく意識はしていないですね。結果的にブームと重なったのならそれはいいことだと思います。あ、でも5年前の時点で「女性映画」を撮ってみたいという気持ちはありました。
——女性映画?
実際には、(キャラクターを作る上で)女性だから、男性だから、という考え方はあまりしなかったですし、現場でも男女の違いよりも役者の(個性の)違いのほうが大きいのでなんともいえないんですけど……。
ただ、特定のシーンで「ここは美しく撮りたい」という気持ちはありましたね。たとえば成瀬巳喜男の『乱れる』の最後の汽車のくだりで、加山雄三の寝顔から切り返した時の、高峰秀子のハッとする美しさ。レオス・カラックスの映画にもそういう瞬間がありますよね。普段は猫背のノン子でも、ある瞬間、ハッとするほど美しく見えるように撮りたい。そういうシーンでは、光の当て方やメイクに特に力を入れました。今まで男性主人公の映画ではやったことがなかったので、そこが男女の違いといえるかもしれないですね。

——その美しいショットは終盤に出てきて、またそれとは別に最初におっしゃっていた坂井さんの笑顔も見られるわけですが、具体的にノン子がどうなるのかはネタバレになるので伏せますが、とても不思議な終わり方だと思いました。カタルシスがあるようでない感じといいますか。
僕はスコセッシが好きなんですけど、スコセッシの映画ってどれも微妙なカタルシスを残して終わりますよね。『レイジング・ブル』なんかでも、ほとんどのことはどうにもならないんだけど、兄弟はこの後仲直りしそうだなって予感をさせて終わる。はっきりした希望ではなくて、現実的にはうまくいかなかったし、どうにもならないことはどうにもならないけど、ちょっと角度を変えて見てみれば、希望があるかもしれないっていうぐらいが好きなんです。







