~インタビュー・対談・往復書簡~

アッバス・キアロスタミ、映画館を語る。

イラン国内での作品公開もままならない中で、90年代初頭に世界に発見されて以降、数多くの野心作をおくり出す一方で、各国でワークショップを開催するなど次世代の育成に力を注いでいるアッバス・キアロスタミ。めまぐるしく変わる21世紀の映画に、どんな未来を描いているのか? 少年時代の映画館体験、これからの映画制作・上映のあり方について聞く。

聞き手 | 編集部

2008-11-24 UP

アッバス・キアロスタミ、映画館を語る。

『映画人は自立しなければいけない。映画の真価を知っている人たちは既に動き出しています』

映画を見に行くことがセレモニーだった頃

——この「シネミライ」の運営元であるシネマ・シンジケートは、日本全国の約50の映画館のネットワークなのですが、そのメンバーの多くは、これまでキアロスタミ監督の作品をはじめとするアート系映画を上映してきた映画館です。一握りの大量宣伝される作品だけが大量消費され、アート系映画をめぐる状況が厳しくなっている中、力を合わせて良質な映画をていねいに上映していくために発足しました。

現代では、ありとあらゆる種類の映像が無料で手に入ります。あまりにもたくさんあるため、人々はひとつの映像を見つめ続けることができなくなっています。リモコンでチャンネルを変えるように、5分ぐらい見て、面白いなと思ったら次の映像に移ってしまう。かつて映画館に行かなければ触れられない芸術であった映画は、今では簡単に手に入る娯楽になってしまいました。

そんな中で、映画館で見る映画を大切にしている人たちがいることは、とても心強いです。私たちが芸術だと思っていた映画、(映画と映画館の両方の意味を持つ)”シネマ”を取り戻すには、やはり映画館で見るということが必要なのかもしれません。

—— キアロスタミ監督の映画館体験について教えてください。

私の若い頃は、DVDはもちろんテレビもなくて、映画を見に行くことはひとつの儀式でした。家を出て、列に並んで切符を買い、ロビーで開場を待って、ベルが鳴ったら中へ入り、予告編を見て、暗くなったら本編を見る……という段取りが何よりも大事だった。今の若い人には説明してもわかってもらえないでしょうけど。

——初めて映画を見たのはいつですか。

10歳の時、姉と行きました。メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)の吠えるライオンのロゴが、私が見た最初の映像です。とても怖かったのをおぼえています。本編は鼻でピアノを弾くおじさんの話で、途中で寝てしまったのですが、後になってそのおじさんがダニー・ケイだったと知りました。つまり、ダニー・ケイが初めて見た俳優ということになりますね。

でも映画との関わりと言えば、もっと幼い頃に、ポジフィルムを集めていたことがあります。普段はアルバムにしまって、時々取り出して光にかざして見たり、友だちが持っているポジと交換したり。切手を集めるような感覚で、私もまわりの子供たちも、それが何なのか、どこから来るのかは知らずに集めていました。

映像から映画へ

——観客の様子はどんなふうでしたか。

キアロスタミ 映画を見に行くことが儀式だったと言いましたが、私たちにとって映像は聖なるものだったのです。週末になると、お洒落をして、オーデコロンなんかもつけて、映画を見に行く。観賞後は、作品が良かったか悪かったかは誰も言わない。そういう話はしない。今思うと、ストーリーよりも映像を見ることが楽しみで、目的は”映画”ではなく”映像”だった。

17、8歳になると、映画館だけでなく、シネマテークと呼ばれるところへ行くようになりました。そこで上映されている作品は、映画館で見るものとは違っていて、中には難しくて理解不能なものもありました。またシネマテークでは、上映後に出てきた人たちが、見たばかりの映画についてずっと喋り続け、考え続けていました。当時の私は、将来、自分が映画監督になるなんて考えたこともありませんでしたが、どうも同時期にシネマテークに通っていた人の多くは後に映画監督になったり、映画界で働いたりしているようです。いまだに会うと「あの作品の時、一番前に座っていたよね」というような話になる(笑)。

——テヘランの映画館では、どんな作品が上映されていたのですか。

何でもありましたよ。アラブの映画もアメリカの映画も。私たちはハリウッド映画ではなく、アメリカ映画と呼んでいました。たとえばジョン・フォードの映画は、ハリウッドで作られてはいるけれど、今のハリウッド映画とはまったく別のものです。私たちは面白そうな映画を選んで見ていたのではなく、その時々に上映中の作品を見ていただけですが、今振り返っても映画史に残る傑作ばかりでした。かといって誰か目利きがセレクトしていたわけでもなく、作られている映画のほとんどが傑作だったんですよ。

一方、シネマテークでは、小津作品やフェリーニ、アントニオーニなどのイタリア映画をよく見ていました。

今、私たちは年に1本の傑作に出会えたらラッキーだけど、昔は、非常に運が悪いとつまらない映画にあたるという状況だったのです。今じゃチケットを買って映画を見るのはリスクの高い賭けですが……。

なんだか孫に昔話を聞かせているみたいになってきたから、現代の話をしようよ(笑)。


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