~映画とカルチャー~

【書評】山田宏一『[増補]トリュフォー、ある映画的人生』

本人の葬儀の光景から始まり、フラッシュ・バックのようにその誕生まで一気にさかのぼり、『大人は判ってくれない』でデビューする直前で幕を閉じる——。鮮やかな構成で魅せるトリュフォー伝の決定版。(高崎俊夫)

文:高崎俊夫(編集者)

2008-12-17 UP

トリュフォー、ある映画的人生

 恐らくフランソワ・トリュフォーは日本人に最も愛されているフランスの映画監督であろう。それは何故か。理由ははっきりしている。山田宏一というかけがえのない盟友が没後四半世紀を経た今もなお、トリュフォーの膨大な仕事をこの上ない綿密さで紹介し続けているからである。 

 トリュフォー作品のリバイバルのたびに完璧な字幕を作成し、映画ファンのバイブルともいうべき名著『定本映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(晶文社)から、現在、進行中の『トリュフォー書簡集』(平凡社近刊)の翻訳に至る山田氏の繊細な仕事ぶりは、まさに頭が下がる思いだが、中でも本書は、永年の信頼関係と深い洞察に支えられた世界で最も感動的なトリュフォー伝といってもよい。

 まず、構成が大胆かつユニークである。まるで晩年の陰鬱な苦いドラマ『恋愛日記』を思わせるような、トリュフォーの葬儀の光景から書き起こされ、フラッシュ・バックのようにその誕生まで一気にさかのぼり、彼が長篇『大人は判ってくれない』で華々しくデビューを飾る直前で終わっているのだ。その点について、山田氏は次のように説明する。

「トリュフォーが映画作家としての道を歩みはじめてから以後は、その作品をとおして人生をたどることが唯一の、そして最も興味深いトリュフォー評伝になるだろう。トリュフォーの映画には彼の人生のすべてが表現されているからにちがいないからである。」

 実際、『大人は判ってくれない』に描かれていたように、トリュフォー自身も学校をサボって映画に夢中になり、家出を繰り返し、両親に見放されて感化院送りになった不幸な少年時代がその後半生に微かな暗い影を落としている。その彼を精神的な父として手厚く庇護し、救ってくれたのが十五歳年上の映画批評家アンドレ・バザンであった。バザンの導きで映画批評に手を染めたトリュフォーは、やがて<フランス映画の墓堀人>とまで呼ばれるような過激な論陣を張ることになる。

 そしてやはりもう一人の映画的な父親ともいうべきアンリ・ラングロアが主宰するシネマテーク・フランセーズで映画を浴びるように見たトリュフォーは、その並外れた映画的教養を糧に、撮影所の助監督経験もなしに、いきなり<ヌーヴェル・ヴァーグ>の旗手となる。

 本書は刺激的なヌーヴェル・ヴァーグ史でもあるが、山田氏は、この世界映画史を洗った革命的な運動が真に成功を収めたのは、ブルジョア育ちのエリートであるクロード・シャブロルやジャン=リュック・ゴダールの中にあって、小学校もきちんと出ていない、独学でキャリアを築いた感化院上がりの不良少年トリュフォーがいたからであるという根源的な視点を決して手放さない。

 トリュフォーは親密さに溢れたその作品を通して、女への、子供への、書物への、あるいは映画そのものへの迸るような愛と情熱を飽くことなく語り続けたが、ゆるぎない巨匠然とした風格に満ちた作品を撮ることはなかった。自伝的なアントワーヌ・ドワネルものの主人公であるジャン=ピエール・レオーそのままに、どこか情緒不安定な脆さが漂っているのが限りなく魅力的だった。

 「トリュフォーの作品は、捨て子の記憶を背負いながらもその暗い絶望と挫折感から立ち直って人間であることを自覚し、生の歓びを発見して、社会復帰するまでのトリュフォー自身の生の軌跡でもあった」という山田氏の見事な指摘にはただ肯くのみである。

 『メカスの映画日記』(フィルムアート社)の中で、ジョナス・メカスは「ジャン・ルノワールは永遠に新しい波である」と書いたが、この感動的なフレーズは、そのままトリュフォーの作品に捧げてもよいのではないだろうか。

『[増補]トリュフォー、ある映画的人生』

山田宏一著/平凡社/税込1365円