誕生から十数年、産業として整うまで、映画は海のものとも山のものともつかない怪しげな見世物だった。それでも「動く映像」の新奇さに惹かれ、世界中で好奇心と冒険心に満ちた人々は、製作でも興行でも、新しいメディアの可能性に対してさまざまな試みをおこなった。わが国においても例外ではない。そんな日本映画の創生期に活躍して大きな影響を残した人物の一人にマキノ省三がいる。本書は、「日本映画の父」と称されるマキノ省三の生涯を描いたものである。
マキノ省三(1878-1929)は、よく知られるように、映画会社の経営者、製作者、監督として活躍し、創生期の日本映画が産業として成立していく過程で後に分化する職種を一身に体現した人物である。なかでも最初の国民的映画スターとなった「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助の主演映画の製作は有名である。また「一スジ、二ヌケ、三ドウサ」という映画の持論でも知られる。「スジ」とは物語、「ヌケ」とは鮮明な映像、また「ドウサ」とはメリハリの効いたアクションとその展開であり、いわば映画(劇映画)の演出論といえる。本書のタイトルの「オイッチニーのサン」もマキノ省三が撮影現場で発した「ヨーイ、スタート」のかけ声からとられている。
その一方、マキノ省三のもとから阪東妻三郎、嵐寛寿郎、月形龍之介といったその後の多くの映画スターが育っているが、マキノ省三の子どもたちも監督や俳優になっている。たとえば、昨年、俳優の津川雅彦がマキノ雅彦の名で監督した『次郎長三国志』は、マキノ雅弘が1950年代に監督した『次郎長三国志』シリーズに基づいているが、マキノ雅弘は津川雅彦の叔父にあたる。津川雅彦の母親である元女優のマキノ智子はマキノ雅弘の一つ違いの姉であり、この姉弟の父親がマキノ省三である。さらに第二次大戦後に東映の製作者として活躍したマキノ光男など、マキノ省三の血筋は日本映画の歴史を縦断していて活躍している。そうした事どもを含めて、マキノ省三の生涯を語ることは、まさに日本映画の歴史を描くことでもある。
そんなマキノ省三の生涯を描く本書は、実は評伝ではない。サブタイトルにあるように、これは「マキノ省三ものがたり」であり、小説である。もちろんこれまでに書かれたものや伝聞などに基づいており、それらの資料の上に立ってフィクションとしてまとめている。こうしたやり方は、最近の映画でいえば、ドキュドラマ、つまりドキュメンタリー・ドラマに似ていなくもない。実際の出来事を、事実関係や資料に基づいて、創り手の想像力で補いながら、創り手の関心のもとに再現すること。本書の著者も長年抱いてきたマキノ省三への関心から資料を探って本書をまとめている。
資料から断片的にうかがい知れるマキノ省三と、そこから想像される彼の人生。知りえない過去を想像力で補うことは、歴史へのひとつの見方である。そんな伝記的小説である本書を通して、マキノ省三の映画人生と彼が生きた日本映画の創生期の空気が伝わってくる思いがする。
(村山匡一郎)
『オイッチニーのサン「日本映画の父」マキノ省三ものがたり』
高野澄著/PHP研究所







