~今、観るべき新作~

【新作レビュー】クラピッシュの“新・古典派”ぶりが全面展開する『PARIS(パリ)』

ヌーヴェル・ヴァーグ以前に培われたフランス映画の王道と伝統を、同時代的なリアリティと共に成立させているのは、もはやクラピッシュだけなのかもしれない。(森直人)

テキスト:森直人

2008-11-24 UP

PARIS(パリ)

90年代初めにデビューし、『青春シンドローム』(94年)『猫が行方不明』(96 年)などの秀作を放ち続けているセドリック・クラピッシュは、この21世紀において、最もうまく“良質のフランス映画”の流れを継承している監督ではなかろうか? 同世代の作家にはカラックスやデプレシャンがいるが、決して彼らのようにとんがった作風ではない。オーソドックスな映画の枠に流行を適度に取り入れ、映像や音楽にはスノッブなセンスの良さが満ち、文学的な香りの中で人情の機微をわかりやすく描き、ベタつき過ぎない余韻を残して映画の幕を閉じてくれる。そして、すっかりハリウッド志向が強くなった今のフランスでも、ちゃんと国内でヒットを飛ばす。ヌーヴェル・ヴァーグ以前に培われたフランス映画の王道と伝統を、同時代的なリアリティと共に成立させているのは、もはや彼だけなのかもしれない。

堂々たるタイトルを持つ今回の新作『PARIS』は、そんなクラピッシュの“新・古典派”ぶりを全面展開させた、これまでの集大成であり決定版と言える一本だ。ルネ・クレールの『巴里祭』(32年)やジュリアン・デュヴィヴィエの『巴里の空の下セーヌは流れる』(51年)など、往年の名作を思わせるスタイルで、パリの空の下で営まれる人間群像をやさしくスケッチする。

ムーラン・ルージュの元ダンサーの青年ピエール(ロマン・デュリス)は、心臓病で余命わずかと医師から宣告される。彼と同居をはじめる姉エリーズ(ジュリエット・ビノシュ)は、悩み多きシングルマザー。そんな彼らのアパルトマンのベランダが、我々にパリの風景を一望させてくれる窓となる。教え子に恋してしまう大学教授、離婚後も同じマルシェで働く元夫婦、従業員に文句ばかり言っているパン屋の女主人……など、この街ではさまざまな立場の人々が、ありふれた日常の中で、小さなドラマを巻き起こしながらそれぞれの人生を生きているのだ。

つまり、当たり前の現実を映し出す映画。それだけに、このオール・ロケで撮られた『PARIS』は、我々の異国幻想を改めて打ち砕く面も持つ。エッフェル塔やサクレ・クール寺院のような観光名所の一方、下町のベルヴィルには移民があふれ、格差社会を指し示すように街角にはホームレスの姿がちらほら見える。なるほど、やはり今のパリは“花の都”ではないのだ、と。『アメリ』(01年)のパリは、その多くがCGでコーティングされたものだったことを思い出す。このザラザラした都市の表情は、まさしく“良質のフランス映画”が成立しづらくなった時代の現状を雄弁に物語っているだろう。

しかしクラピッシュは、その困難を受け入れたうえで、美酒に酔わせるような映画作りを志す。確かに死の病あり、不法入国ありの群像劇では、ファッション業界を描いても、ニューヨークのドラマのようにアッパーなノリにはなりきれない。だが、『SEX AND THE CITY』などから取りこぼされてしまう庶民や不器用な人間たちの事情を、かけがえのないものとして見つめることで、この映画ではマイナー・コードのリリシズムが美しく奏でられる。まさに、かつてのクレールやデュヴィヴィエと同じように……。

そういったパリの陰鬱さも含めた複雑さを、ここにきてクラピッシュはようやく映画的に丸ごと愛したと言えるだろう。ロマン・デュリス演じる主人公を留学生に設定し、EU時代に対応した青春映画の連作『スパニッシュ・アパートメント』(02年)『ロシアン・ドールズ』(05年)では、異国の地で“良質のフランス映画”を作るというある種の戦略で傑作をモノにした彼だったが、その成果をがっつり手にして今回はパリに帰還し、大きな風格を持った代表作を撮りあげたのである。

『PARIS(パリ)』

2008年フランス/監督・脚本:セドリック・クラピッシュ/出演:ジュリエット・ビノシュ、ロマン・デュリス、ファブリス・ルキーニ、アルベール・デュポンテル、フランソワ・クリュゼ、カリン・ヴィアール/配給・宣伝:アルシネテラン

12月20日よりBunkamuraル・シネマ他全国順次公開
(C)CE QUI ME MEUT - STUDIO CANAL- STUDIO CANAL IMAGE - FRANCE2 CINEMA
公式サイト http://www.alcine-terran.com/paris/