『コドモのコドモ』の子どもたちと
《子どもたちとの出会い オーディション》
——映画のなかで、子どもたちが非常に生き生きと演じていると感じました。萩生田監督はどのように彼らとコミュニケーションをとり、関係を築き、この題材にアプローチしていったのでしょうか。
オーディションで選んで、リハーサルを繰り返して、現場に挑む、という本当にオーソドックスなやり方です。撮影に入る半年前くらいからオーディションを始めて、毎週毎週子どもたちに会いました。春菜(主人公:持田春菜役の甘利はるな)とは、はじめの方で出会ったんですけど、彼女がやって来た時に「ああもうこの子だな」って思いましたね。そこから、「この子といると春菜の顔はこうなる」「この子だとこうなる」というふうに、彼女との組み合わせを見ながら他のキャストを考えていきました。音楽のセッションみたいな感じですね。キャストが決まってからは、台本をもとに何回も何回もリハーサルしました。
——台本を読んだ子どもたちからは、最初どんなリアクションがありましたか。
子どものオーディションって、作品の内容を知らないで来る子もいるんですね。オーディション会場では、「これは小学校5年生の女の子が友だちの手を借りて赤ちゃんを産む話です」と最初に説明して、「そういう子が教室にいたらどうする?」というような質問をしました。みんないろんな捉え方をしていて、中には、「めちゃドン引き」「えーマジっすかー」みたいな反応もありましたよ。「おれだったら、そんなヤツとは絶対クチきかない」と言う男子とか。その答えをもとに配役を選ぶことはまったくありませんでしたけど。
《被写体とのフェアな関係 保護者の協力》
不可能かもしれないけど、カメラの向こうの被写体とできるだけフェアな関係を築くというか、ごまかしのない中でやり合った方がいいものができると思うんです。今回は、初めに台本を演じる本人に読んでもらった後に、保護者の方にも読んでもらい、保護者の方の承諾を得てから配役を決めました。
性をどう伝えるかについては、いちばん初めの本読み(出演者が集まって台本を読んでいくリハーサル)のときに、「どこまで知ってる?」と訊いたら、知っている子同士でワァーっと盛り上がってしまって、「もうわかった、休憩!」みたいになってしまいました(笑)。そこで、演出部とお母さんたちとで講師の方を呼んで、性教育の授業を1時間半ぐらいしてもらったんです。子役は小5から中1までいて、中には受精やセックスについて詳しい子もいるんだけど、知っていることと、先生の言葉を借りれば自分が「主体者」であることはまったく別なんですよね。この年代を対象とした性教育も、どちらかというと生まれてくるほうに焦点が当てられていて、子どもにとっても、自分の命がこんなに小さな受精卵から大きくなって、お母さんから出てくる、という感覚が強いみたいです。
ただ授業は行いましたが、何年後かに、彼らが異性に対してそれまでとは違う感じ方をするようになった時に、この作品をどう捉えるのかまでは、コントロールできません。保護者の方たちには、その時のことも見越して承諾していただきました。出産シーンの画コンテなども見てもらって、意見を聞いたりしました。







