~今、観るべき新作~

『イエローキッド』真利子哲也監督インタビュー

短・中編の旗手として名を馳せる真利子哲也、待望の長編デビュー作『イエローキッド』。既に単発の上映会や映画祭で熱い注目を浴びているこの作品が、このたび全国の独立系映画館のネットワーク“シネマ・シンジケート”の「New Director / New Cinema 2010」に選出され、最も将来が期待される新人監督作品として全国順次公開されることが決まった。その奇想天外な発想はどこから来るのか? パワフルな演出の秘密とは。

2009-12-18 UP

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撮影、演出について

――キャストの演出についてはどんなことを心がけましたか?

田村は自分が漫画のキャラクターになれちゃうと思っている役ですが、遠藤(要)さんも「自分をこう見せたい」というのが割と強い人。その部分を持ち上げていこうと思い、現場ではシーンごとに僕と相手役の俳優と一緒に、遠藤さんの気持ちを高めようとしていました。
服部は、実際に劇中の漫画を描いた漫画家をモチーフにしています。岩瀬(亮)さんにもそう伝えていたのですが、どうも岩瀬さんは僕もイメージしていたみたいで、映画を観た知人からも僕自身を投影したキャラクターだと思われました。現場で過剰に演じるように指示したんですが、なんとも言えないところです。
榎本役に関しては、とにかくダサい印象にしたかった。玉井(英棋)さんは映画初出演で頭が真っ白だったと思うのですが、あえて厳しく接して追い込むようにしました。基本的には細かく芝居をつけるというより、役者さん同士のやりとりを大事にして、彼らの気持ちを盛り上げることに力を入れましたね。

――スタッフに対しては?

スタッフに対しても同じで、とにかくみんなの士気を高めることを考えました。僕は現場の芝居だけではなく、すべての作業が演出に関わると思っているので。スタッフには準備段階からどんな作業でも集中して取り組んでほしいと言いました。ちょうど学校でATGの映画を観たばかりだったので、「ATGみたいにアイデアと熱意で(予算や撮影期間などの壁を)乗り越えよう!」と話してましたね。実際にATGの現場にいた人には甘いとか言われそうですけど。

――撮影の青木穣さんと組むのは初めてですよね?

撮影領域の同期の学生が撮った作品を見て、青木さんが撮る映像が好きだったのでお願いしました。本当はいろいろ考えているんだろうけど、何も考えずにさらっと撮っているように見えるのがすごい。ほとんど手持ちということもあり、絵コンテなどは描かずに、現場でカット割りと意図だけ伝えて、後は青木さんにお任せしました。青木さんはフィルムに対する執念がすごいんですよ。今回はフィルムではなくHD撮影ですが、そういった彼の人柄にも惹かれました。

――商店街のシーンや、ビルの屋上で叫ぶシーンの緊迫感は見事でした。

商店街のシーンは撮影2日目に撮ったんですけど、田村が漫画の世界に入っていく重要なシーンであるにもかかわらず、ロケ場所は前々日に決まったばかりで、僕と助監督のふたりしか現地の様子を知らなかったんです。近くの公園で段取りを確認して、ぶっつけ本番で挑みました。後でモニターをチェックしたらとても上手く撮れていたので、現場の士気が上がりましたね。
ビルの屋上のシーンも、撮影可能な建物が直前まで見つからなかったんです。お金を捨てるのは犯罪なので、制作部は交渉が大変だったと思います。(同じように主人公が札束を屋上でばらまく)『太陽を盗んだ男』の現場を経験している黒沢清さん(監督領域教授)に、撮影するにはどうすればいいか相談したりしました。あのシーンは絶対に妥協できなかった。

――札束といえば、製作費全額を宝くじの購入にあてた短編「アブコヤワ」(06)にも札束を公衆トイレに流すシーンが出てきましたが、真利子監督にとってお金を捨てるとはどういう意味を持つのでしょう?

お金って絶対に揺るがないと信じられているもの、完全なる現実ですよね。田村が商店街で引ったくったお金を屋上から捨てるのは、彼が現実ではない世界に入っていったことの表れです。常人はお金を捨てませんから。
「アブコヤワ」のトイレのシーンは、上映時にすごい非難を受けたんですよ。観客からすると、お金を捨てる映像は人を殺す映像と同じぐらい許せないらしくて。(『セブンス・コンチネント』(89)で同様のシーンを描いた)ミヒャエル・ハネケが「どんな残虐な殺しよりも、お金を捨てる行為ほど人が嫌うものはない」と言っているのを読んだこともあります。映画であって現実ではないんですけど、そもそもいけないみたいです。最近は映画で拳銃打って殺しをしても、車ではシートベルトはしなくてはいけないとか、その辺の感覚もどうなんだろうと思います。そういった気持ちで撮った作品です。


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