~今、観るべき新作~

『イエローキッド』真利子哲也監督インタビュー

短・中編の旗手として名を馳せる真利子哲也、待望の長編デビュー作『イエローキッド』。既に単発の上映会や映画祭で熱い注目を浴びているこの作品が、このたび全国の独立系映画館のネットワーク“シネマ・シンジケート”の「New Director / New Cinema 2010」に選出され、最も将来が期待される新人監督作品として全国順次公開されることが決まった。その奇想天外な発想はどこから来るのか? パワフルな演出の秘密とは。

2009-12-18 UP

mariko1制作費200万円、撮影期間2週間、メインスタッフの平均年齢26才——。フェイク・ドキュメンタリーを中心とした短・中編映画で国内外の映画祭を席巻してきた真利子哲也がついに長編デビュー、その才能を全国の映画館で見せつける。
東京藝術大学大学院修了制作である初長編『イエローキッド』は、ボクサーを志す青年の日常と、彼をモデルにした漫画の世界が交錯していく様を疾走感たっぷりに、そして恐ろしく的確に描き切った活劇。
既に単発の上映会や映画祭で熱い注目を浴びているこの作品が、このたび全国の独立系映画館のネットワーク“シネマ・シンジケート”の「New Director / New Cinema 2010」に選出され、最も将来が期待される新人監督作品として全国順次公開されることが決まった。
奇想天外な発想はどこから来るのか? パワフルな演出の秘密は? 低予算の壁をアイデアとモチベーションで乗り越えたという制作過程や、映画作りに対する気負いを真利子哲也監督に聞く。

【『イエローキッド』あらすじ/認知症の祖母と暮らすボクサー志望の田村(遠藤要)と、別れた恋人に未練を残す漫画家の服部(岩瀬亮)。違う場所で生きてきた二人だが、服部が田村を新作「イエローキッド」の主役のモデルに決めたことから急接近。かつての恋人がボクシングの元チャンピオンと暮らしていることを知った服部は、元チャンプを漫画の敵役にモデルにして憎悪をたぎらせていく。一方、田村も、夢も金も希望もない日々の中で爆発しそうな怒りを抱えていた。そしてある時、服部は田村が自分が描いた漫画の展開通りに行動しているのではと考え始める……】

『イエローキッド』の物語が生まれるまで

――この映画の構想はどのように生まれたのでしょう?

yellow5映画の中の現実と非現実が混ざっていくイメージが頭の中にありました。そこから、登場人物を軸とした物語をあてはめていったという感じです。これまでは大まかな構成を決めて、まず映像を撮って、それを見ながら物語を考えるという作り方をしていて、基本的なことなのかもしれませんが、先に物語を決めてから撮影するということに苦労しました。

――藝大以前の作品は、ドキュメンタリーとフィクションが入り混じるものが多いですが、『イエローキッド』はその延長線上にあるといえますか?

特にそのつもりはないですが、ちょうど脚本について悩んでいた頃に、僕の過去の作品を一通り上映するイベントがあって、久しぶりに自分の作品を観たんです。一貫したテーマとかは考えずにその時その時に思いついたことを撮ってきたつもりだったけど、まとめて観てみると、自分の気にかけていることは一緒だなと思いましたね。

――アメコミのモチーフはどこから出てきたのですか?

現実と非現実を混同してしまう人を描きたくて、でも安易に、仮想世界にハマる人間とかにはしたくなかった。プロデューサーの原(尭志)君と桜木町の珈琲屋でアイデアを練っていた時に、「小学校の頃とかドラゴンボールの真似するヤツいたよね」という話になって、漫画というアイデアが出てきました。日本の漫画は白黒なものが多いし、個人的に大きな話にしたかったので、フルカラーで且つイメージとしてヒーローものが多いアメコミにしようと。それから調べていくうちに、コミックストリップのYellow Kidの存在を知りました。

――アメコミのキャラクターと同化する主人公をボクサーにしたのは?

空手などの他の格闘技より、アメコミの世界にマッチすると思いました。劇中のセリフにも出てきますが、ボクシングの本質的な魅力は英雄願望にあるという文献を読んだんです。映像的にも、グローブなどの色のイメージがアメコミと合うと思ったからです。

――以前からアメコミやボクシングには興味があったのですか?

別に深くはなかったです(笑)。あくまでフィクションが現実に入り込むという設定に適していたから使っただけで。とはいえ、電線や鉄塔などを出してアメコミっぽい世界観を構築しようとしました。アメコミといえば電磁波のイメージがありますよね?脚本も、ボクシングの底辺からのし上がるというイメージと合わせ、典型的なヒーローもののアメコミのストーリーラインに近づけていこうと意識しました。

――服部の部屋の壁にある図形はなんですか?

あれは複体といって、複数の単体を貼り合わせてできる図形です。今回、僕の中では「単体の複数性」がテーマになっていて、それはリチャード・フェルトン・アウトコールのYellow Kidにあります。元々黄色のインクのテストとして作られたイエローキッドというキャラクターが人気が出てきたことによって、同時に二社の新聞がイエローキッドを同時に掲載したという記事を見ました。権利的なことで、どちらが本物だというような議論が起きたそうですが、キャラクターからすればどっちが嘘で本当もないだろうと。要は物事には絶対的なものは何もなくて、何が本当で何が嘘ということはない、客観的には一つの確定したものなどないから、何が大事で何が本当かは自分で決めればそれでよいのだ、ということを思ったんです。最初、映画のタイトルも『コンプレックス』(complex=複体)にしたいと言っていて、却下されましたけど、それくらいテーマとして考えていました。
yellow4実際、監督は現場で細々した判断を求められるので、大した違いがない時は、はっきり決めてしまうということにも生きましたし、映画自体も漫画やボクサーや音楽とか様々なジャンルが知恵を出し合ってできあがるので、それぞれが生きる映画にしたいと思い、単体の複数性というのは常に意識していました。

――映画の中の出来事がどこまで現実だったのか、観客はエンドロール後に出てくる盗撮映像によって知ることになりますが、現実と非現実の境目はどの程度明らかにしようと考えていましたか。脚本には、田村が榎本に襲われた後、自宅で祖母を入浴させるシーンが入っていましたよね?

入浴シーンは実際に撮影して、最初の学内での上映時は入れていたんですけど、反応がおかしかったので外しました。はっきり見えている田村の首筋の傷が別のものに目がいくみたいで、観た人にはそれまですべて夢だったかのように解釈されてしまったんです。
僕の中ではすべての筋が通してはいるので、どういうふうに観てもらいたいというのはないです。ただ、夢落ちは避けたかったんです。

――主観と客観といえば、これまでの真利子監督の作品はどれも一人称でした。

観客として他人の映画を観る場合は気にならないのですが、自分で撮影して自分が出るとなると、カメラは誰の視点なのかということが気になるんです。だからこれまでの作品では、監督である僕=カメラを動かす人が主人公でなければいけなかった。今回はなぜか意識しなかったのですが、冒頭でわざわざイエローキッドの説明を入れて「これはフィクションです」と宣言しているということは、本当は気にしているのかも。


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