~インタビュー・対談・往復書簡~

甲斐田祐輔監督「ロト」/「MUGEN」公開直前インタビュー

甲斐田祐輔監督が『砂の影』以前に撮っていた中編2本が劇場公開される。制作スタイルを模索し続けていたという『すべては夜から生まれる』から『砂の影』までの軌跡を、劇場で確かめてほしい。

文:井上麻子

2009-11-12 UP

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 長編劇場デビュー作『すべては夜から生まれる』(2002年)から6年、甲斐田祐輔監督の待望の新作『砂の影』が昨年2月に公開された。撮影のたむらまさきを始めとしたベテランのスタッフに支えられ、全編が8ミリで撮影されたこの作品は、画面の質感から物語の構成まで、前作とはまったく違う印象を与える。しかし、核となるその世界観は変わっていない。

 二組の男女の心の揺れをすくい取った『すべては夜から生まれる』では、選び抜かれた言葉と音、卓越した光と闇の演出、完璧なまでのフレーミングと編集による美しい映像が高く評価された。その作風から、しばしば“ストイック”と評される甲斐田作品の映像世界は、確かにあらゆる要素を極限まで削ぎ落とした緊張感のあるものになっている。しかし私にとっての甲斐田作品の面白さはそこではない。

 映像に対する明確なビジョンを持ちつつ、それを従来の映画理論によって成立させようとしない柔軟さが新鮮で面白い。必要最低限の言葉と音によって語られるのは、主人公たちの抗いがたい衝動だ。物静かな映像のなかで、彼らの心の動きが紛れもなく説得力を持って観客に伝わってくるのは、人間の感情の動きに対する監督自身の感受性であり、自身の感受性に対する、作家としての忠実さによるものだろう。

 この世界観は『砂の影』にも共通している。平凡な一人の女性が愛のために少しずつ壊れていく様を、きめ細やかに、どこかエロティックに描写したこの作品。愛に満ちた至福の時間と感情のない時間の対比。言葉に侵されることのない静かな二つの時間のなかで、主人公の愛に対する必死さが時間をかけて伝わってくる。前作と違うのは、何だかわからないが何かが確実に起こっていることを思わせるサスペンスの要素が、今までにないダイナミズムを作品世界に与えていることだろう。

 その甲斐田監督が『すべては夜から生まれる』と『砂の影』の間に撮った『ロト』(2004年)と『MUGEN』(2008年)の短編二作品が同時上映という形で公開される。「こういった形での公開は考えていなかった」というこの二作品は、どういう経緯で生まれ、監督にとってどのような意味を持つのだろうか。

「『ロト』に関しては“習作”という言い方をしていいと思います。『すべては夜から生まれる』を撮った後に、いろいろあって、やっぱり何かを変えたいと思った。あの作品は、あの時点で自分がやりたい事を全部やった作品でした。でも、それからすぐに次の作品を撮るような状況にもならなかったし、いろいろなことが遅々として進まない状況が続いていました。だからとにかく撮りたかった。ここで撮らないと、その先も撮れなくなるんじゃないかという気がしたんです。それで一度やり方を変えてやってみようと思って、脚本も初めて自分で書きました」

 lot1*警備員のアルバイトをしている山形が、寡黙で無表情な新入りの北島と生活するようになるところからこの物語は始まる。毛布一枚で隔てた部屋を共有しながら二人の関係が少しずつ変化していくなか、山形は北島の行動の異変に気づく。

「スタッフとキャストを集めるところから始まって、撮影場所を探すのから、本当に自主作品の制作スタイルですよね。正直、それまではどこかでそういう映画作りのあり方に抵抗していた部分もありました。できあがった作品をすぐに受け入れられたわけではなかったし、もっときちんと描き切ればよかった、と思うところもありました。でも結局は、そう思えたことがよかった。『ロト』を撮ったことで、やはり自分のなかで何かが変わっていったと思います。この作品がなければ、『MUGEN』を撮ろうと思わなかったかもしれない。少なくとも、ああいったテンションでは撮れなかったと思います」

 習作的な『ロト』に対し、パリを舞台にした『MUGEN』はより自由なスタイルの旅行記のような印象の作品になっている。そこには、窓越しに見る女との偶然の出会いを繰り返す男を通して、パリの求心力に吸い寄せられるように集まる人々の時間が心地よく流れている。

「確かに、ふらっと旅行に行くような感じでパリに行きました。もちろん録ることは決めていましたが、いい意味で軽い気持ちだったんです。この作品の出発点自体がそうでした。友人たちと話しているなかで、何となく“映画を撮ってみるか”ということになって。ただ、行ってからはそんなにスムーズではなかったですね。思っていたキャスティング案が流れて、台本も変えなくてはいけなくなった。一から主人公役を探し出して、何とか撮影できるようにはなりましたが」

『ロト』を見たとき、その制作スタイルとは反対に、『すべては夜から生まれる』よりもずっとエンタテインメントになっていると感じた。『MUGEN』にはそのエンタテインメント性と『すべては夜から生まれる』に通じる緊張感、ただしもっと肩肘の張らない緊張感を感じた。

 どの作品も、知らない者どうしが出会い、ふとした触れ合いから心が揺らぎ、日常の温度が少し上がる瞬間を描いていることには変わらない。監督として、映画のなかでそれをどう描写し表現するか。「制作スタイルに作品が影響されるのは、どうしても避けられない」と監督自身が語るように、『ロト』と『MUGEN』を経て変わってきたものがあるのだと思う。そしてその経験によって本人が得たのは、他ならぬ「今後も作品によって制作のあり方は変わると思う」といえるさらなる柔軟性だ。

「『砂の影』で自覚を持った」という甲斐田監督の言葉を聞いて、次回作がますます楽しみになった。
 

kaiphoto甲斐田祐輔 かいだ・ゆうすけ
1971年生まれ。監督作品に『TWO DEATH THREE BIRTH』(98〜99)、『coming and going』(99)、『RAFT』(00)、『すべては夜から生まれる』(02)、『砂の影』(08)などがある。全編8ミリ撮影の『砂の影』はロッテルダム、ブエノスアイレス映画祭などに正式招待され、国内外で上映された。98年にKATHMANDU TRIO PRODUCTION設立。『ロト』と『MUGEN』はいずれも同プロダクションによる製作である。
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『ロト』

lot2監督・脚本:甲斐田祐輔/撮影:近藤龍人/音楽:bedside yoshino
出演:川口潤 大谷賢治郎 吉野寿 清水ゆみ 田口トモロヲ

バイトで警備員をしている山形は待機所で寝泊まりをしている。上司の吉田は叔父だが保身意識が強いため、何かと山形にうるさく小言を言う。
山形には警備車のスピードを60kmジャストに合わせる習慣がある。
そんな折、辞めた警備員の後任として北島と名乗る男が入ってくる。寡黙で無表情な北島と薄い布一枚で遮られた部屋で一緒になった山形、対照的な二人は決して交わらないように見えた。
しかし、互いに気がつかないうちに変化していく。そして、ある時、山形は北島の行動の異変に気がつくが...。2004年/63分(公式サイトより)

『MUGEN』

mugen2監督・脚本・撮影 : 甲斐田祐輔/音楽 : RADIQ aka Yoshihiro Hanno
出演:Sebastien RAGEUL Hea-Won CHA Hiroyuki MORITA
ユウイチはパリ行きの飛行機に乗っている。パリにいる恋人ユーリに逢う為である。
パリのアパートで向かいの男女をビデオで盗撮の仕事をしているセブとヨシ。
彼らはそのテープを組織に納品する仕事をしている。
セブは街でビデオに映っている女(ユーリ)を見かけ、ヨシに内緒でユーリにビデオを渡してしまう。
一方、パリに来たユウイチはユーリに連絡がとれず、アパートにいってもいつも不在、街とホテルを往復して彷徨い歩く。 
ある日、セブはレコード店で偶然声を掛けたユウイチを自分達のいるアパートに連れて帰るが…。2008年/47分(公式サイトより)

2作品同時上映
11月21日(金)〜27日(土)
池袋シネマ・ロサにて連日21:00よりレイトショー
公式サイト http://www.kathmandu3.com/lotmugen/