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監督の瀬々敬久から「ピンク映画のシナリオを書いてみないか?」と誘われるまで、私はまともにシナリオというものを読んだことがなかった。それ以前にも、自分で映画を作ったことはあったが、その時はメモ書きのようなものを手掛かりにして、行き当たりばったりで撮影を進めていた。勉強しようと思い立ち、書店で「月刊シナリオ」を買って、そこに掲載されたシナリオを読もうとしたこともあったが、いつも途中で挫折した。シナリオという書き物の形態がどうも苦手で、読み進むことに苦痛を感じるのだ。読めない者に書けるはずもなく、初めて書いたシナリオは散々な出来だった。それでも、瀬々敬久は私を見捨てず、次の映画でもシナリオを書くよう誘ってくれた。奮起した私は、覚悟を決めて、手当たり次第に同時代のシナリオを読み始めた。だが、それでもシナリオという表現がしっくりとこない。やがて、過去のシナリオを読み漁り始めた時に出会ったのが、田村孟の『少年』(監督:大島渚)だった。
『少年』はそれまでに読んできたどのシナリオとも違った。ト書きの一行一行に粘りつくような言葉の感触があり、セリフの一言一言が鋭く胸に突き刺さってきた。気づかぬうちに世界に引き込まれ、ぐいぐいと読み進むうちに、私の胸には熱いものこみあげていた。そして、読み終えたとき、初めて私は心の底から自分でもシナリオを書きたいと思った。
『少年』は、当たり屋をしながら日本中を放浪する家族を描いたシナリオである。彼らに名前はなく、「父」「母」「少年」と名指されるだけだ。「父」は危険な役割は絶対に引き受けない狡猾な男で、事件の後に登場して示談金の交渉をするだけ。車に当たるのは、「少年」と「母」の役割で、わずかな金を稼ぐために、二人は決死の思いで走る車に飛び込んでいく。母は後妻で、少年とは血がつながっていないから、少年には冷淡だ。同じ理由で、少年もまた母にはなついていない。父はその関係をうまく利用して二人を操り、甘い汁を吸っている。ところが、コンビを組んで当たり屋を続けるうちに、少年と母の間に連帯感が生まれ、二人は反旗を翻して、父を権力の座から引きずりおろしてしまうのだ。そこでは、例え親子であろうと人間の間に否応なく存在する権力関係が厳しく見つめられていた。狭い人間関係の中のちっぽけな優位と劣位が逆転する様が、大きなドラマのうねりとなって圧倒的だった。
それから私は繰り返し『少年』のシナリオを読んだ。自らの感動の秘密を解き明かそうと、シナリオを分解し、シーンごとにその狙いを探った。そして、分析の過程で、私は忘れられない描写に出会った。
妊娠が発覚した母が、父に言われて中絶手術のために病院に行くシーンだ。少年は父に命じられ、母がちゃんと手術するかどうかを見張るため病院に同行する。二人が病院の前にやってきたシーンで、これまでト書きでは「母」と名指されていた存在が「女」と書かれるのである。最初に読んだときは、誤植ではないかと思った。しかし、その意味を探り、田村孟の狙いに考えが至った時、私は鳥肌が立った。束の間、父の支配を離れる二人、弱い立場に立つ母、この時、少年と母は初めて対等な関係となり、一人の男と女となるのだ。少年は、母が手術をやめるのを黙認し、かわりに腕時計を買ってもらう。以後のシーンでは「女」という表記は、再び「母」に戻るのだが、このシークエンスを境に、少年と母の関係には親密さが生まれ、淡いエロスさえ漂うことになる。
私はこのシーンが大好きだ。柱とト書きとセリフだけという切りつめられたシナリオ表現の中に、田村孟の哲学が息づいている。だが残念なのは、現在、活字化されている『少年』のシナリオの多くは、この部分が改変され、「母」という表記で統一されているのだ。私が初めて読んだのは「映画評論」(1967年3月号)という雑誌に掲載されたものだったのだが、年代的に考えて、おそらくこれが初稿だろう。1967年度の年鑑代表シナリオ集に収録されているのも同じ稿である。以後の雑誌や書籍に収録されたものは全て決定稿と思われ、「女」という表記がシナリオから消えている。田村孟が何故、初稿から決定稿に至る過程でその部分を改稿したのかはわからない。シナリオは映画のための設計図と割り切ったのだろうか。しかし私は、『少年』の初稿を読み返すたびに、表現のみずみずしさを感じ、シナリオ作家の魂に触れたような思いになる。
こうして、私は文学作品を読むようにして、シナリオと出会った。いやそのような出会い方をしなければ、その後、シナリオを読むことも書くことも出来なかっただろう。しかし、いつの間にか、作り手として当事者的にシナリオを読み、書くようになった。それを職業としたのだから当然のことだが、そのことにどこか味気なさを覚える。
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『少年』(1969)
監督:大島渚/出演:渡辺文雄、小山明子、阿部哲夫/99分 DVD発売元:ポニーキャニオン(廃盤)
『田村孟 人とシナリオ』(シナリオ作家協会)
『少年』、『白昼の通り魔』(監督:大島渚)、『青春の殺人者』(監督:長谷川和彦)、『瀬戸内少年野球団』(監督:篠田正浩)の4本のシナリオとインタビュー、縁のある映画人のエッセイなどを収録。
井土紀州監督・最新作『行旅死亡人』10月下旬より新宿シネマートにて公開
もしも自分の知らないところで、自分になりすまして生活している人間がいたら——? ノンフィクション作家を目指す24歳のミサキはある日、病院からの電話で、自分の名を騙る女が入院したことを知る。女はなぜ他人になりすまして生きてきたのか? 真相究明の旅に出たミサキは、女の苛酷な人生に向き合うことになる……。タイトルの行旅死亡人とは身元不明の死者を指す。
監督・脚本:井土紀州/出演:藤堂海、阿久沢麗加、本村聡、小田篤、たなかがん、長宗我部陽子
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