あああ
「自分こそ偉大だと思う男を墓場に送れ」と依頼主から命じられたコードネーム“孤独な男”。
男は、異郷スペインをさすらいながら、同じくコードネームを持った仲間と暗号を交わし、
現実と幻想の間を彷徨いながら、やがて荒野の中のアジトに辿り着く。
撮影監督にクリストファー・ドイルを迎えたジャームッシュの最新作は、
まさにタイトル通り制限なしの想像力が炸裂する115分のロードムービー。
既に公開されている国では賛否両論のこの話題作の根底に流れるメッセージとは?
インタビューからひも解いてみたい。
出発点となった言葉、映画
——この映画のタイトルはウィリアム・S・バロウズが70年代に書いた同名エッセイからとったと聞きました。“The Limits of Control”とはどのような意味ですか?
実はそのエッセイの内容とこの映画は直接関係なくて、“解釈の自由”を示すこのタイトルが気に入った。(このタイトルは)意味がよくわからないよね。自分たちの支配には限界がある、もしくは自分自身の支配には……ということなのかな? よくわからないけど、何だか良いと思ってね。基本的に映画は(製作者の意図が何にせよ)観る人が自由に理解するものだと思うから。
——劇中で、ティルダ・スウィントン演じる人物がいくつかの映画のタイトルを繰り返し口にしますが、構想のきっかけになった映画はありますか?
フランチェスコ・ロージの作品のような70年代、80年代のヨーロッパの犯罪映画が頭にあった。作品を模倣するということではなく、むしろその中にスタイルを見つけるという意味で、アイデアの源となる印象的な作品を思い浮かべていた。ジャック・リヴェットがジョン・ブアマンの傑作『殺しの分け前/ポイント・ブランク』をリメイクしたらどんな感じになるだろう? あるいは、マルグリット・デュラスがジャン=ピエール・メルヴィルの『サムライ』をリメイクする感じと言った方がいいかな。一番重要だったのは、おそらく『殺しの分け前/ポイント・ブランク』だ。制作会社も「ポイントブランクフィルム」という名前にした。
気に入ったもの、人、場所の集大成
——主人公には最初からイザック・ド・バンコレを想定されていたのですか? 過去に3回彼と仕事をされていますが(『ナイト・オン・ザ・プラネット』『ゴースト・ドッグ』『コーヒー&シガレッツ』)、彼には非常に存在感がありますね。
脚本を書き出したときからイザックを考えていた。というのもここ何年か、彼をある種の人目を忍ぶ任務を負った寡黙で力強い役柄で使って映画を撮りたいという思いがあったんだ。タイトルの件やイザックをそうした役柄で使うという構想に加えて、『リミッツ・オブ・コントロール』は物が集まり始めたことで実現したといえる。この映画のためにいつも色々と集めていたんだよ。
——それはどのような?
たとえば、ジョー・ストラマーがサン・ホセのアルメリア郊外に家を持っていた。ジョーが亡くなった後、奥さんのルシンダが言ったんだ。「この通りに、人に貸していた変な家があるの。ジョーは車で通りかかるたびに『この家をジムに見せてやらなきゃ。きっと映画で使えるよ』って言ってたわ」ってね。実際にそこをビル・マーレイ演じる人物に遭遇する家として使った。
僕はずっとスペインで映画を撮りたいと思っていた。僕の古い友人で『リミッツ・オブ・コントロール』のカルチャー・アドバイザーでありスパニッシュ・シネマテークの責任者でもあるチェマ・プラードが、マドリードのすばらしい建築物トレース・ブランカスに家を持っているんだ。最初に彼を訪ねて行ったのは、少なくとも20年は前だ。その建築物は1960年代後半に建てられたもので、僕は常々なぜ他の連中がもっとあそこで撮影しないのか不思議に思っていた。今回やっとその中の部屋のひとつで撮影できた。そんなふうに全てのピースをつなぎ合わせていき、セビリアを念頭に置いたとき、スペインで全てが形をなし始めた。
この脚本は最初25ページ分の物語だったものを、制作段階で膨らませていったんだ。最初からそうしようと決めていた。脚本が自然に成長するにまかせて、従来の脚本というものは作らないようにしようと。だから現場では常にアンテナを立てて作業していたし、いつも何かを再検討したり、作品が自然とある方向に向かっていくのに身を任せたりする態勢が整っていた。








