~映画とカルチャー~

[書評]土本典昭・石坂健治『ドキュメンタリーの海へ——記録映画作家・土本典昭との対話』

インタビューによって掘り下げられていく土本典昭の個人史。これまでの著書ではあまり触れられなかった青少年時代の話や、60年代以降の日本映画の歴史に対する貴重な証言が満載。(村山匡一郎)

文:村山匡一郎

2009-09-11 UP

kiroku

 2008年6月に79歳で逝去したドキュメンタリー映画作家・土本典昭の最後のインタビュー本である。土本典昭監督は、『水俣ーー患者さんの世界』(1971)など「水俣」シリーズで世界的に知られているが、1960年前後に世界のドキュメンタリー映画に起こった新しい流れのなかで、小川紳介監督と並んで日本の新しい波を代表する一人であり、それ以降の日本のドキュメンタリー映画の歩みを象徴する映画作家といえる。本書は、その土本典昭監督に対して、共著者である映画研究家の石坂健治をはじめ、ドキュメンタリー映画を志向する若い世代の映画作家や研究者たちが2003年から2年間にわたって聞き書きした成果の一つである。

 土本典昭監督には『映画は生きものの仕事であるーー私論・ドキュメンタリー映画』(1974,2004)や『わが映画発見の旅ーー不知火海水俣病元年の記録』(1979,2000)など多くの著書があり、彼の考えや映画作りを知ることができる。それに対して、本書は土本典昭監督の生涯が時間順にインタビュー構成され、多くの写真資料をはさみながら、いわば自伝的な書物になっている。事実、土本典昭監督は病床のなかで徹底して赤入れをおこなったとも伝え聞く。その意味で、ドキュメンタリー作家・土本典昭について知る上での決定本といえるだろう。

 本書は全5章仕立てで構成され、監督デビューを果たした『ある機関助士』(1963)から始まる第2章以降、水俣、アフガニスタンなど監督作の内容と重ねられて、ほぼ10年ごとに区切られている。なかでも興味深いのは、第1章「パルチザン土本典昭前史」である。彼の傑作『パルチザン前史』(1969)のタイトルをもじったこの最初の部分は、これまであまり触れられなかった子供のころや学生運動の時期、そして岩波映画の時代を振り返っている。土本典昭監督のそれぞれの作品や映画作りの姿勢、また彼が最後まで自らを社会主義者と規定した拠り所の一端がうかがえて面白い。

 本書は肩肘張らずに一気に読み通すことができる。確かに文字に起こされた部分の先をさらに知りたいというところが幾つかあるが、読み終わった後、土本典昭監督の話しをもっと聞きたいという感情に抱かれる。その意味では、土本典昭監督についての最良の書物といえる。その一方、土本典昭監督が活躍を始めた1960年代は、ちょうど映画産業に翳りが見え、撮影所システムの凋落が目立ち始めた時期に当たる。彼の『留学生チュア スイ リン』(1965)が自主製作作品だったことは象徴的である。そんな土本典昭監督の生涯をたどった本書は、また同時に日本映画の黄金時代以降の歴史に対する証言としても面白く読めるだろう。

『ドキュメンタリーの海へ——記録映画作家・土本典昭との対話』

土本典昭・石坂健治著/現代書館/3780円(税込)
ドキュメンタリー映画の快楽とは何か——巨匠・土本典昭が語るその生涯と映画術のラスト・メッセージ。(帯より)