子どもたちに映画を見せる試み
——観客の育成に力を入れていらっしゃるとのことですが、子どもを対象とした映画教育に関してはいかがですか。
小学校の先生を巻き込んで、映画館で子どもたちに映画を見せるプロジェクトを行っています。公立小学校の生徒は無料、私立小学校の生徒は有料です。といっても通常の映画料金に比べるとはるかに安いですけれど。
——見せるのはどういう映画ですか。
ブラジル映画ばかりなので、作品名を言ってもご存知ないと思います。最近上映した作品で海外でも知られていそうなのは、ベルリン国際映画祭で上映された『The Year My Parents Went On Vacation』(日本では劇場未公開だが、『1970、忘れない夏』の邦題でCS放送されている)ぐらいですかね。このプロジェクトには行政のサポートがついていて、通常は5パーセントの税金が2パーセントになるのですが、条件がブラジル映画を見せることなんです。
学校単位で子どもたちを映画館に呼ぶには、教師が映画に親しんでいることが必須なので、子ども向けのプログラムとは別に、教師に向けた上映会も毎週土曜の朝に行っています。小学校の先生なら誰でも入れるクラブがあって、そこのメンバーカードを提示すると、上映会の2本は無料で、それ以外の上映作品をディスカウント料金で観られます。
映画館で行っているプロジェクトは小学生とその教師が対象ですが、映画祭ではユースフェスティバルという高校生を対象にした部門を設けています。高校生は学生証を提示すれば、そのプログラム内の全作品を無料で観られます。
——映画を届ける活動を、本当に様々なレベルで行っていらっしゃるんですね。
全方向に注意を払っていないと、いろんなものを見落としてしまいますから。また一箇所に留まっていると、すぐに取り残されてしまう。常に大きなフィールドを見据えながらも、映画と観客をつなぐという原点を見失わないようにしています。
映画は自由を得るためのツール
——最後にレオンさんご自身のバックグラウンドについてお聞きしたいのですが、映画の道を志したきっかけを教えてください。
私はアルメニア人の両親のもと、シリアで生まれ、7歳の時にサンパウロにやって来ました。父はシリア外務省の高官でしたが、宗教上の理由で職を奪われ、叔母の手引きで私たち一家はサンパウロへ逃げてきました。サンパウロのアルメニア人コロニーはとても保守的で、私はいつも早く出て行きたいと思っていました。私にとって映画とは、外の世界を知るためのツール、自由を得るためのツールだったんです。
——最初に観た映画は?
最初に観た作品かどうかわからないけど、鮮烈な記憶としてあるのは、ディズニーの『海底二万哩』(1954)です。映画を観ていると、旅をしている気分になれました。映画で生きていこうと思ったのは、60年代に軍事政権の残忍さを目の当たりにしたことがきっかけです。自分が好きな映画を人々に紹介し、また映画に上映や配給のチャンスを与えることは、私なりのレジスタンスなんです。
——では最後に、今後の展望についてお聞かせください。新しくチャレンジしたいことはありますか。
私はいつもやって来た波に乗るだけで、あまり将来の計画は立てないんですよ。今は……本を作りたいですね。私は編集者でもあるので。
(2008年11月 東京フィルメックスにて/聞き手:高崎俊夫・土肥悦子)
LEON CAKOFF……1948年生まれ。69年よりジャーナリスト活動を開始。74年よりサンパウロ美術館のプログラム編成に携わる。77年、同美術館の創立30周年記念事業としてサンパウロ映画祭を立ち上げ、以来今日まで代表をつとめている。2006年、映画祭の30年の歩みを綴った“Cinema Sem Fim: A Historia da Mostra 30 Anos”を上梓。また、短編“Come back always, Abbas!”(99)を監督、オムニバス『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』(07)を製作・共同監督するなど、作り手としても活動している。
サンパウロ国際映画祭公式サイト http://www.mostra.org
Unibanco Arteplex 公式サイトhttp://www.unibancocinemas.com.br









