~インタビュー・対談・往復書簡~

レオン・カーコフ(サンパウロ国際映画祭代表)インタビュー「レジスタンスとしての映画祭・映画館運営」

軍事政権による検閲と闘いながら映画祭を始めたのも、映画館を作ったのも、動機は同じ。映画と観客の接点を作りたかったから——。世界都市サンパウロの映画文化を支え続けるカーコフ氏の活躍に迫る。

2009-09-10 UP

サンパウロ国際映画祭の代表を30余年にわたってつとめるかたわら、映画館チェーンを成功させ、また活字を通して小津やキアロスタミなど世界の名匠をブラジルに紹介してきたレオン・カーコフ氏。映画を観客に届けるのは自分のミッションだと言い切る氏に、その縦横無尽な活動を振り返ってもらった。

『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』より

『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』より

世界都市サンパウロで映画を上映するということ

——サンパウロ国際映画祭が世界の18人の映画作家と制作したオムニバス『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』のトークショーで、監督の一人である吉田喜重氏が「自分の松竹時代の作品がサンパウロでも同時期に上映されていたことを、30年経ってから知った」と言っていて興味深かったのですが、サンパウロでは昔からいろんな国の映画が上映されていたのでしょうか。

サンパウロは世界でも特殊な街です。人がどこの出身かなんて誰も気にしていない、世界でも唯一の場所だと思います。誰でもサンパウロにやって来た瞬間にブラジリアンになります。そんな移民の街なので、様々な文化を受け入れる器があり、昔からヨーロッパの映画や日本の映画は本国とほぼ同時期に観ることができました。日本の撮影所システムが機能していた頃は、各社の映画館があったんですよ。

今、サンパウロ市はものすごい勢いで拡張していますが、この文化的に恵まれた環境を維持していくことは自分の使命だと思っています。

——1977年にサンパウロ美術館の30周年記念事業として、サンパウロ映画祭を立ち上げられたわけですが、そのきっかけは?

私は69年にジャーナリストとして活動し始めたのですが、当局の検閲が厳しく、自由に表現できる場はほとんどありませんでした。表現者が自由に表現できる場を作りたい一心で、美術館運営に携わったり、映画批評を書いたりしていましたが、それらの活動だけでは状況を変えられないと思ったので、映画祭を立ち上げました。1985年に軍事独裁が終わるまで、映画祭を続けることは検閲との闘いでしたね。

——サンパウロ映画祭では第一回から観客投票で優秀作品を選んでいたとか。

当時のブラジルにおいて、この映画祭は誰もが投票できる唯一の民主主義の場でした。10年前からは国際審査員賞を設けていますが、審査員はあらかじめ観客投票によって選ばれたベスト12本の中から優秀作品を決めます。通常は、映画祭のプログラマーがセレクトした作品の中から審査員が選びますが、ここでは観客に映画をセレクトする責任を持ってもらうことを大事にしています。

映画館チェーンを成功させるまで

——映画祭を運営しながら映画館チェーンを始めたのは?

映画祭を始めた動機と同じで、観客と映画の接点を増やしたかったからです。それ以前から外国映画の配給には携わっていて、自分の劇場があればもっと好きな映画を上映できるのにと思っていました。映画館を立ち上げたのは、キアロスタミの『桜桃の味』がカンヌでパルムドールを獲った翌年だから……98年かな。『桜桃の味』も私が配給したのですが、その時はまだ映画館を持っていなかったので、他所で上映しました。

——カーコフさんが始めた映画館ではメジャー作品とアートハウス系の作品の両方を上映しているそうですが、その理由は何ですか。

大規模に宣伝されているハリウッド映画を観にきたお客さんに、インディペンデント映画の存在を知ってもらい、興味を持ってもらうのが目的です。私たちはアーティプレックス(Arteplex)と呼んでいるのですが、現在サンパウロに2館、ポルトアレグレ、クリチバ、リオデジャネイロ、サルヴァドルにそれぞれ1館ずつあります。(*)UOL(ブラジルのインターネットプロバイダー最大手)やウニバンコ(銀行)といった企業がスポンサーについてくれたおかげで、ここまで拡張できました。

サンパウロのアーティプレックスでは約半数のスクリーンでアート映画を上映しています。

(* 08年11月現在。最新情報は劇場の公式サイトをご覧ください)

 

——映画館に対する行政の支援などはありますか。

ブラジル映画を年間64日以上上映すれば、形ばかりのサポートが受けられることになっています。でもブラジル映画はお客がまったく入らないので、劇場側のメリットは実質ゼロですね。ブラジル映画を見る観客は年々減っています。

ブラジルでは、映画を作る人たちは様々な支援を受けられるんですよ。その結果、撮ることが最終目標になってしまって、完成後のことを考えていない作り手が多い。監督やプロデューサーが観客の方を向いていないんです。観客に観てもらえなくても、ヒットしなくてもお金は入ってくるから。実は『ウェルカム・トゥ・サンパウロ』は何の資金補助も受けずに作ったのですが、そういったブラジルの映画製作のシステムに反発したいという思いがありました。


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